毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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カオラックの人たち

今までHPに書いていた「日めくり」を今年からブロッグの形式で書くことにした。
重複するが、1月6日の記述より始める。


2005年1月6日(木)

 スマトラ沖地震の様子が明らかになるにつれ被害の大きさに心が沈んでくる。なんでもそうだけど、そこに人間の顔が見えたとき被害者の数字がただの数字ではなく生きたものなってくる。

 JMMが流してくれた「カオラックの人たち」は津波に翻弄された人々の姿を描いていて思わず涙が出てきた。その一節を紹介しよう。書いたのはオランダのアメリカン・スクールの先生。
 

 みんなでこの津波の経験を話し合ったが、ある男性ははぐれた友だちを探して死人の山をまたいで歩き、ショックで気が狂いそうになったと言っていた。別の男性は倒れている女性の鼓動が聞こえたようなので、駆け寄って人口呼吸をほどこした。彼女の歯ぐきはぼろぼろで、欠けた歯が口中に散らばっていた。ふっと、彼女が死んでいるのに気がついた。鼓動に聞こえたのは、彼自身の心臓だったのだ。わたしはそれ以上聞きたくなかった。
 わたしの印象に残っているのは、スウェーデンの親子の話だ。アンダースという男性は津波が来た時、娘のソフィと巻き込まれ、いちどは離れ離れになったが、最後には娘を見つけることができた。ソフィは怪我をしていたが、それよりも死体に囲まれて海に浮かんだ恐怖で深く傷ついていた。

 オーストラリアのハリーの話も衝撃だった。津波が来た時、彼は流れてきた車に叩きつけられて膝を折った。やしの木が妻にぶち当たり、彼女は木とともに流されていった。波が去った後、自動車は砂地に沈んで埋まり、ハリーはその窓枠につかまってしばらく様子を見ることにした。だれかが次の波が来るぞと怒鳴った。彼はぼんやりして時間をつぶしたことを悔やんだ。そんなことならば妻を捜しに行くべきだったのだ。それを思い出すたびに、涙が出る。これからオーストラリア大使館へ行って捜索願をだそうと思うが、そんなことをしても役に立つのかわからない、と彼は言っていた。

 別の男性はバンガローで朝風呂に入っていた。津波が来て、彼はバスタブごと窓からはじき飛ばされた。妻も別の窓から流されていった。彼は妻が死んだとは信じられないといっていた、「オレは彼女の死体を見てい
ないのだからね」あとで聞いたところでは、妻は高い木に引っかかっていたのだという。

 アメリカではイラクに使った戦費(一日15億ドル)に比べて今回の支援金の少なさに多くの人が反発している。
ニュースによると西欧人が白い棺に送られていくのに比べて現地人の遺体は今もそのまま地面に置かれたままだという。

 日本の外務省の人間がイラクで殺されたときも運転手であったイラク人の遺体は粗末な棺で車の上に乗せられていたと聞く。

 津波は貧しい者も富める者も、人種の違いもすべて飲み込んだのに、事後の対応で差別が生まれている。孤児が人身売買の対象になっているとも云う。

 出来るだけのことをしたい。多くの人の支援が必要。それにしても貧しいイスラムの地になぜこのような災いを神は起こすのでしょう。。。。                                                     

Posted by hope at 16:05
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by reem-akemi | 2005-01-06 21:16 | 日記