毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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三里塚闘争

2005年07月23日

三里塚闘争は60年代末から70年代初めにかけて時代を象徴する闘いであった。
私は高校を卒業した年で、大学の授業に失望した友人から「三里塚に来ている」という手紙をもらった。その頃、私もすべてのことに失望していた。自分の将来も、学生運動も、この社会も。
思えば60年代の熱い時代を終え、心が「漂って」いた。

その同じ頃、三里塚では農民と若者が必死になって国家権力と闘っていた。
管制塔占拠はそんな中で起きた。14000人の機動隊が守る中を10人の若者が占拠した。権力の心臓部を占拠したようで心が躍る。

その後、彼らは最高裁で判決を受け相応の制裁を甘受した。損害賠償請求もあったが、国はこの10年間請求をしてこなかった。

ところが損害賠償請求の時効寸前になって国(法務省)は金利を含め、1億円以上の賠償請求を起し、給与を差し押さえるという手段に出た。

こんなことが許されるのだろうか?国の行為と言っても所詮人がすることだ。10年も据え置いて今さら請求するなんて・・・。一般常識では考えられない。

これに対して三里塚で戦ってきた人たちからアッピールと支援の協力依頼が来ている。
ここにそれを貼り付ける。

管制塔被告連帯基金
郵便振替口座
口座番号 00130-3-445762
加入者名 管制塔被告連帯基金

以下はアッピール

声 明
元(成田空港)管制塔被告団一同

 私たち元管制塔被告団は、政府及び成田国際空港会社(元新東京国際空港公団)の損害賠償の時効差し止めを意図した賠償強制執行の着手に対して満身の怒りをもって抗議する。

 二〇〇五年(今年)七月七日、一九七八年三月二十六日管制塔占拠にともなう器物の破損にかかる損害賠償請求訴訟判決の時効の日に当たる。最高裁判決から十年もたつ今年三月、法務局は突然元被告たちに対し、給与の差し押さえを始めとする賠償の
強制執行に乗り出した。賠償請求に理があるならば当然被告団はそれに応じたろうし、政府も素早く賠償執行に取り掛かったはずである。

 なぜ政府は賠償請求の執行にすぐに取り掛からなかったのか?

 答えは明白である。全く請求に理がなかったからであり、いわゆる管制塔占拠後に国と空港反対同盟の間で展開された「成田空港問題シンポジュウム」においても、非は歴代政府にこそあることを当時の運輸省課長さえも認めていたからである。

 二〇〇五年(今年)七月五日の新聞各紙に取り上げられた「元活動家の給与差し押さえ」の記事は、政府と成田国際空港会社による新たな「成田空港反対運動」に対する攻撃であると私たちは理解している。

 手狭であり、不便であり、使用料がどこよりも高く、ソウルの仁川空港を始めとするアジア各国の空港に利用者を奪われている「成田空港」は競争力を上げるべく、滑走路の延長・新たな滑走路の取り付けを迫られている。

 私たちへの損害賠償強制執行着手は反対闘争に対する圧力であり、今後ますます反対同盟やそれを支援する人々に対して強まるだろう政府の攻勢であると捉える。そうであるならば私たちは少々老いてはいるが、再再度政府に対する闘いを宣言せざるを
えない。あらゆる方法で反対運動に対する弾圧・圧迫を打ち砕くために立ち上がるだろう。

 元管制塔被告は最高十年(未決通算加えると十二年)、短期の者でも(未決通算を加えて)六年の刑期をまっとうして来た。皆が社会に出て新たに社会と家族と職場の関係を築いてきた。この過程の労苦は計り知れないものがあった。一人の仲間が自死で尊い命を奪われてさえいる。

 今回の政府の賠償強制執行の着手は、私たちが出獄後築いてきた社会・家族・職場関係を引き裂くことになった。一九七八年の不当な空港強行開港宣言を管制塔占拠によって粉砕してから二十七年、「成田空港問題シンポジュウム」で政府が反省の弁をたれてから十三年、私たちの闘志はあの時以上に大きくなっている。不当な「成田空港」の建設に反対するばかりか今度は家族と職を守ることもふくめて私たちは闘いに立ち上がる。

 今から政府はますます強固になる空港反対闘争に遭遇することになるだろうし、政府・新国際空港会社は意図とは逆に大きな困難に直面することになるだろう。

 正義は管制塔占拠の瞬間も現在も私たちにある。

 私たちは絶対に負けない。

 二〇〇五年七月九日

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=

管制塔賠償強制執行の攻撃を、我等ともに受けて立たん

元三里塚闘争に連帯する会事務局長
元廃港要求宣言の会事務局員
柘植洋三

 1978年の2月の横堀要塞建設や、管制塔占拠を中心とした3月の空港包囲投入占拠闘争を共に戦った皆さん。
 私はあの当時、三里塚闘争に連帯する会の事務局長をし、廃港要求宣言の会の事務局員をしていた柘植洋三です。第四インターの三里塚担当の政治局員でもありました。その後の事情から、心のバランスを崩して入院、以来25年余り戦線から離脱して今日に至っております。幾分状態は良くなっているとはいえ完治してわけではありませんで、色々な事に関心は持ちつつも、一市民として残る生を、静かに全うしようと思っておりました。
 ところがこの4月から、管制塔の元被告16人に1億300万円の損害賠償の強制執行が行われているという驚愕すべき事態が惹起していることを最近知り、関係の方々に状況をお聞きした上で、このアピールを発するに及んだ次第です。
 廃港要求宣言の会や連帯する会の皆様の連名のアピールは、8月にも発表すべく準備が進んでおります。後述する事情によって、事は緊急を要しており、最も機動性のある個人名によるメッセージによって先触れをさせて頂きます。私はこの件が大団円
を向えるまで、報告を兼ねて何回でもアピールを発信させて頂く覚悟でして今回はその第一信であります。

■管制塔占拠とはなんであったか

 3.26闘争(管制塔占拠)の約5ヶ月前、1977年10月の「行進隊歓迎・三里塚闘争連体静岡集会」で社会学者の日高六郎氏はこう発言されました。
「権力と暴力によって空港建設計画を押し付けてきた政府に対して、農民が判断・決定権を持とうとして立ち向かうのは当然です。その意味で三里塚闘争は国家とは何かを問う戦いであり、農業問題であり、スピード文明が絶対的なものか大いに疑問が
あって、生活と文化を問う問題です。飯沼次郎さん(京都大学)は京都の集会で、三里塚闘争は絶対負けられないと語りました。自民党も負けられないと思っているでしょう。国家―農業―生活それぞれの次元において三里塚は負けられないと私は考え
ています。」「管制塔に赤旗が翻った日」(柘植書房)
 日高六郎氏は、管制塔占拠の後、「開港が阻止された3月から5月20日の開港までの2ヶ月間、解放された空気が日本にあった」と述べておられました。
 管制塔占拠闘争は、このような意味で、強権政治を否とし、農業破壊やスピード文明に異を唱える人々の熱望によって押し上げられて勝利したのでした。主権者たる国民(民衆)が主権在民の有り様を問うた一瞬でもありました。
 であればこそ、当時79歳の染谷かつさんは、「夜テレビで見たの。高いところ壊した青年、にっこり笑って出てきただよ。青年達の心、農民の心と変わりねえべ。変らないどころが神様だよ。命さし出したんだよ。大したもんだ」(78年4月朝日グラフ)と三里塚農民の気持ちを語ったのでした。

■失政の結果

 今年7月17日の「交渉の窓口を閉じるな」と題する朝日新聞の社説にはこう書かかれています。
「・・学識経験者が進行役を勤め、住民と国が話し合いによる解決の道をさぐったのが、90年代の成田空港問題シンポジュウムだった。行政の失敗を事実上認め、国はどんな状況の下でも、土地を強制的に収用しないと約束した・・」
 このように成田空港建設は、閣議決定から強制収用と強行開港、その後のすべての過程において、失敗であった」ことは、政府自らが認めているところです。管制塔占拠は、おびただしい「失敗」の累積とそれを糊塗するための強権発動への当然の異議申し立てでした。「以後はどんな状況下でも土地の強制収用はしない」とする政府が、失政の結果必然的に起きた闘争による「損害」の賠償請求を強制執行するというのは、理不尽ここに極まっていると言わねばなりません。
 この1億300万円の賠償請求の強制執行は、管制塔の元被告16人を対象にしています。しかしこの攻撃は、あの3.26闘争を共に担った全ての私達に向けられたものであることは疑う余地がありません。管制塔占拠を「人民の旗が管制塔に翻った」として喝采した全ての人々の熱い心を「強制収用」して奪い取ろうとするものであることも明白です。損賠執行は、管制塔占拠を自分達が成し遂げた大事業として喧伝した全ての人々に、1億300万円を課しております。
 16人の被告も含め、共に戦い「大儀の春」を歌った全ての人々が、全く同じ地平でこの攻撃を受けて立たねばなりません。

■痛苦の事態と被告団・弁護団・反対同盟・関係党派の決定

 ここに痛苦の事態があります。
1、 給与の1/4あるいは全てを天引きさせる強制執行はすでに4月から実施されている。
2、 元被告の精神的苦痛は深刻であり、会社をすでに退職せざるを得なくされたメンバーが出ている。この状態が続けばやめてくれといわれているメンバーもいる。
3、 損賠執行に対して、3人の仲間が異議申し立ての裁判をしたが、いずれも却下された。これによって、支払わないという対抗手段は、法的には取れないことが確定した。
4、 元金に対する年利5%(約200万円)の利息が毎年増え続ける。
 弁護団、反対同盟、被告団、関係党派の2ヶ月以上に渡る努力にもかかわらずこの事態は避けられないこととなりました。あらゆる労苦を重ねてきた弁護団、反対同盟、被告団、関係党派は、この深刻な事態の中で7月初めに以下のような決定をされました。
1、1億300万円を一括して支払う。
2、今年10月末をめどに基金を募る。
 私は、この苦渋の選択を強く支持します。
 管制塔の占拠によって、開港を阻止して、強権政治を否とし農業破壊やスピード文明に異を唱える人々の熱望を実現した16人の戦士達、その後6年から12年にわたる長期の獄中生活を送った彼ら、計り知れない苦難の中で新たに社会と職場と家族の関係
を築いてきた管制塔の16人の仲間達が、職場を追われ生活が破壊されつつある状況をこのままにしていていいはずがありません。
 損害賠償の強制執行は論外の理不尽です。同時に、進行している深刻な状況を、共に戦った者達が見過ごすことがあれば、これ以上の理不尽もありません。
 そこで、このメッセージをお読み頂いた皆さんに心からお願い申し上げます。

■お願い

1、管制塔被告連帯基金に出来るだけ多くの、基金をお寄せください。土地の強制収用はしないと言いながら、賠償の強制執行はするという政府の理不尽への満腔の怒りを管制塔被告連帯基金に結集して下さい。
  郵便局  加入者名 管制塔被告連帯基金
  口座番号 00130-3-445762
2、管制塔元被告団の声明とともに、このメッセージを多くの方々に配信して下さい。
  出来るだけ多くのサイトなどあらゆる媒体に掲載してください。全文が無理なら部分引用でも結構です。
3、廃港要求宣言の会、連帯する会などの文化人による共同アピールが準備されています。
  発表され次第送信致しますので、あらゆるところへ配信して下さい。

  これは、三里塚闘争に心を寄せてきた私達全ての者に対して向けられている攻撃です。
 我等ともに、受けて立たん!
 1億300万円は、巨額です。10月末までにこの基金を集めることは至難です。年収の多い方は多いなりに、年収が生活維持にぎりぎりの方は、熱い気持と共に少しでも、あわせて大河のような基金を寄せて頂くようお願い申し上げます。
「天のとき、地の利、人の和」これは、3.26闘争後よく使われた言葉です。今また「人の和」の本当の力を示す「天のとき」ではないでしょうか。

 私は、ハンデのなかでの細々たる仕事に影響が出るかもしれないリスクを覚悟して、このメッセージを発表しておりまして、上記の件、伏してよろしくお願い申し上げます。

2005年7月18日
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by reem-akemi | 2005-07-23 02:52 | 政治・経済・国際情勢