毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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昭和

2005年11月13日

昭和という時代が懐かしくて、「三丁目の夕日 ALWAYS」という映画を観た。つい先日は小津安二郎の「秋刀魚の味」もDVDで観た。

昭和はまだ戦争の傷あとが人々の中に残っていたことがよくわかる。
例えば、どちらも酒場でのシーン(かたや小雪の小料理屋、岸田今日子のバーのママ)。三浦友和が演じる医者は空襲で妻と7歳の娘を亡くす。娘のために焼き鳥を買って帰るが酔いが覚めると家族がいなかったことを思い出す。かたや小津映画では、加藤大介演じる元兵士がバーの中で軍艦マーチをバックに行進して歩く。両方とも、なんとも物悲しい。

結局、「三丁目の夕日」はストーリーより、まわりの風景に目がいってしまった。なぜなら、そこに「私」がいそうな気がしたから。おかっぱ頭の少女はまさに子ども時代の私だった。
昔はなぜあんなに道路に土管が転がっていたのだろう?
道路に白墨で絵を書いている少女。あれも私だ。

電車どおりの懐かしさ・・・。映画にはなかったけれど、隅田川の花火。花電車。

力道山を観に近所の医者の家へ行ったことも懐かしい(そこの家の同級生の男の子は甲子園へ行き、いちやく有名になった)。

初めて我が家にテレビが来た日。それは大晦日のこと、親戚中が集まり一台のテレビの前で紅白歌合戦にくぎづけになった。祖父はそれ以来チャンネル権を保持し続け、父もそれを受け継いだ。かくして、チャンネルは家父長制の象徴となった。

初めて電気冷蔵庫が来た日。テレビほどのインパクトはないが存在感は抜群。冷蔵庫の権利を握るのは祖母。冷蔵庫は仏壇の下、つまり祖母が座る場所の後ろにあって中に何をいれるかは祖母の権利であった。したがって嫁である私の母は我が家が二階家になって台所が祖母の家と分かれるまで、その権利を持っていなかった。

初めて電話が来た日。電話は近所の家にとってきわめて重宝なものだった。おかげで電話が来るたびに子どもである私がその家まで走らされた。

そして初めて東京タワーに登った日。エレベーターは大人に囲まれて外が何も見えなかった。。。

昭和は「初めて」がたくさん、たくさん、あった。
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by reem-akemi | 2005-11-13 01:27 | 日記