毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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非力の思想

2006年10月26日

書類を整理していたら2004年9月10日付朝日新聞の上野千鶴子さんの「非力の思想ー戦争の犯罪化のために」という記事のコピーが出てきた。これを誰にもらったのか、まったく覚えていないが、上野千鶴子さんを尊敬していることを知って誰かが送ってきたに違いない。

改めてこの記事を読み、深い思いを抱かせられた。

「もしあなたが非力なら、あなたは反撃しようとはしないだろう。なぜなら反撃する力があなたにはないからだ。あなたが反撃を選ぶのは、あなたにその力があるときに限られる。そしてその力とは、軍事力、つまり相手を有無を言わさずたたきのめし、したがわせるあからさまな暴力のことだ。

反撃の力がないとき。わたしたちはどうしたらいいだのだろう?問いは、ほんとうはここから始まるはずだ。」

かつてイラクのQが問いかけた。我々は殺されるままでいいのかと。
ファルージャでは白旗を持ったまま殺された年寄りがいた。不条理な殺戮の前で思考は停止する。Qの問いかけには何も答えられなかった。

「非日常のヒロイズムに陶酔したのは男たちだった。だが今日のように明日も生きようとする女の日常にとっては、ヒロイズムは敵だ。」

「ガーダ」という映画の中で、ガーダたちパレスチナ女性が弾丸が飛ぶなかを料理をつくるシーンがあった。これこそが女と思ったものだ。女にとっては「生きる」ことこそが現実だ。命をはぐくみ育てるのが女の生きかただと多いに共感した。

私の夢は占領が終わったイラクで女性たちとナツメヤシを植えること。荒廃したイラクの土地を再び緑美しい国にしたい。

「わたしの考えるフェミニズムは、弱者が弱者のままで、尊重されることを求める思想のことだ。だから、フェミニズムは『やられたらやりかえせ』という道を採らない。相手から力づくでおしつけられるやりかたにノーを言おうとしている者たちが、同じように力ずくで相手の言い分をとおそうとすることは矛盾ではないだろうか。フェミニズムに限らない。弱者の解放は『抑圧者に似る』ことではない。」

戦争を含めてあらゆる犯罪が暴力だと口でいうことは簡単だ。ただし安全な場所でいうことは…。フェミニズムの衰退は圧倒的な不条理に対してなんらの勇気をも与えてくれないことが原因ではないだろうか。

現実の暴力の前で私たちはあまりにも無力だ。「生きる」ことが奪われたとき、私たちはどうすればいいのだろう。
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by reem-akemi | 2006-10-26 00:50 | 日記