毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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ふるさとの話

2006年08月31日

今日(8月31日)は祖母の命日。お寺は南千住の円通寺。円通寺といえば吉展ちゃん事件で有名。
誘拐された吉展ちゃんは我が家の墓のすぐ後ろの墓石の中に埋められていた。そう聞かされてからその墓石がいつも気になって仕方がない。あれから43年もたつというのに…。こんな事件を知っている人ももういないだろうなぁ。

そうそう、それからここには黒門もある。戊辰戦争で彰義隊の死体は上野の山に放置されたままになっていた(逆賊というわけね)。それを可哀そうに思ったのが円通寺の住職。寺に引き取って埋葬した。それでここには彰義隊200名あまりの墓がある。榎本武揚の墓もあるらしいけれど、私は確認していない。門にはそのときの弾痕もあるがクラスター爆弾にくらべてかなり大きい(比べることもないけど…)。

祖母は関東大震災のときの経験を繰り返し私に話したものだ。地震が来てもあせることはない。5分我慢すればおさまるからと。火の元を消して耐えること。本当かなぁと私は思う。太平洋戦争では、東京大空襲を生き抜いた。隅田川にはたくさんの死体が浮いてたと。

80歳を過ぎる頃から認知症になり、身の回りのことに気をつけることがなくなってきた。
ある日、昼寝をしていた私はふと目をあけると白髪の老婆の顔が目にはいった。祖母がまじまじと私の顔を見ていたのだ。祖母には申し分けないが、一瞬鬼婆(?)かと思って思わず叫び声をあげてしまった。

そのときの祖母の顔、他人の顔だった。

意識がはっきりしているときは、祖父が浮気をしていた頃の話をする。近所の○○さん。親戚中(おば達)であの家を目の敵にしていた理由が大人になってやっとわかった。娘というのはいつでも母の味方(笑)。

さて、円通寺のそばにはおいしい鰻屋があり、いつも土産に蒲焼を買ってくる。鰻屋の通りをまっすぐ行くと大関横丁。地下鉄三ノ輪駅だ。駅の左手には浄閑寺がある。浄閑寺は別名「投げ込み寺」とも言う。吉原の女郎は亡くなるとこの寺に投げ込まれ、埋葬された。この近くの下駄屋は天才アラーキー(荒木経惟氏)の生家だと聞いたことがある(アラーキーは高校の大先輩)。

その昔、浄閑寺の前の通りには馬の毛がたくさん干してあった。あれはなんだったのだろう???干し魚のように網の上に黒い毛が何束もあって、子ども心にそれが不気味で不気味で、毛の束を見ないようにして歩いたものだ。

たま~にしか行かない私のふるさと。父も母もすでにここにはいないけれど、街を歩いていると私の意識は子どもの頃に戻ってしまう。祖母がいて、父も母も若かったとき。三丁目の夕日じゃないけれど、なぜかあまずっぱい子どもの頃…私はとても幸せだった(今が不幸というわけではないが…)。
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by reem-akemi | 2006-08-31 00:50 | 日記