毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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ひと口の水とあたりまえの生活を!

2006年08月20日

ある日、「ひと口の水とあたりまえの生活を!」という1件のメールが舞い込んだ。私はそれをアフガニスタンかアフリカの支援だと思って開いたが、なんと日本の話だった!!!しかも成田市での話。

かいつまんで書くと、障害を持った児童が、教育委員会の考え方により人間として尊重されなければならない基本的な教育の権利を奪われているということ。
#ひとつもかいつまんでないって?!

どのような教育方針で学校運営をしていくかというのは地方自治体にまかされている。それで市によって子どもたちの学校での生活が大きく変わってしまう。経験からいうと、大都市(東京と言ったほうがいいのかしら?)に近い市町村ほど子どもたちへの教育のゆとりがみられないような気がする。競争が重視され、進学率がその学校の評価につながるからかもしれない。

そういう地域では、障害を持った子ども、成績の芳しくない子どもは自然と差別されるのではないだろうか?

昔、全国学力テストというのがあった(当時の教職員組合はずいぶんそれに反対したものだ)。小学生であった私は何もわからないから素直に受けたのだが、隣のクラスのある子ども(彼はクラスで一番成績が悪かった)は当日学校を休むように担任に指示を出されていた。「お前は明日学校に来るな!」と。

なんということはない。その担任はクラス全体の点数が下がることを恐れて彼を休ませたのだ。

子どもの評価が自分の評価につながるという考えはずいぶん昔からあったということだ。私はそれを教師の「優等生コンプレックス」だと思っている。

今はそれに加えて、「面倒なことはしたくない」という気持ちもあるのだろう。

10年ほどまえ、私が住む町の中学校でも障害を持った子どもの通学に関して、「迷惑だ」という親たちの声を聞いたことがある。その子どもがいるせいで勉強が進まないというのだ。成田市の対応は障害を持つ子に対する親たちの偏見と差別が反映しているといってもいいのではないか。
また、市町村の教育予算の少なさもあると思う(この場合、予算だけでなく担当者の想像力の欠如もだいぶあるが…)

いずれにしても、成田市の対応が間違っていることは確か。子どもたちは大人の姿勢から多くのことを学ぶのだから、子どもたちに「大人としてのあり方」を見せてほしいと思う。

以下、この署名のURLは
http://homepage3.nifty.com/tomoni/
なお、これに関するサイトは
http://homepage2.nifty.com/chiba-tomoni/
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【署名趣意文】
純くんに、ひと口の水と、あたりまえの学校生活を求める署名

 成田市立公津の杜小学校3年2組の渡邊純くんは、重度の障害がありますが地域の普通学級の中で、大好きな友だち、大好きな担任や補助の先生に囲まれて、学校生活を送っています。

しかし、成田市の小学校では、障害をもつ子どもの「介助」はしないという方針が徹底されているために、純くんは給食を食べさせてもらえず、一口の水を飲ませてもらうことさえ拒否され続けています。だから、純くんはどんなに喉がかわいても、我慢しているしかありません。隣には、担任の先生もいるし、養護補助員もいます。時々、養護教諭や教頭先生も様子を見に来てくれるけど、教職員の介助行為を禁止しているので、純くんは、ただ、黙って我慢しているしかなく、給食の時間には母親が学校に通っています。

成田市の小学校は、養護学校とは違うので、純くんの生活介助はしないと言います。授業の配慮はするけれども、水を飲むことや、ご飯を食べることは、先生の仕事ではないし、学校の仕事でもないと言います。保育園の時には、先生たちが普通に行っていた行為であっても、小学校は違うと言います。生活介助は、入学以来、成田市教委が拒否し続けていることではありました。しかし、保護者が付き添いを辞めた後、新しく付き添った養護補助員は、自然な関わりの中で水分補給を行っていました。ところが、市教委は、2年生の終わりにそれを再度禁止しました。

そのため4月以降、純くんは休み時間に水分をもらえないまま過ごしていましたが、成田市教委は3月に養護補助員に水分補給を禁止していたこと、その経緯について保護者に一ヶ月以上、何の説明もしませんでした。

5月の終わりに、純くんは体調をくずし入院しました。病気そのものは、水分が原因かどうかはわかりません。でも、純くんが、それまでふつうに飲ませてもらえていた水をもらえなくなったこと、そのことに不安を感じて過ごしていたことは明らかなことです。

身辺自立のできていない子どもの世話は、学校の仕事ではなく、親が学校にきて面倒みるべきであるという、成田市の姿勢が、純くんの安全と命と人への信頼を脅かしているのです。
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by reem-akemi | 2006-08-20 01:20 | 日記