毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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カテゴリ:日記( 113 )

ギャップ

年末にイラク人とアメリカ人の対話番組を観た(ともに大学生)。イラク人学生はカイロに住む難民の若者たち。かたやアメリカ人はハーバードなどの学生で将来はアメリカを担うであろう若者たち。

アメリカの若者たちは、これからイラク社会を築いていくために何が出来るかを問いかけ、イラクの若者たちはなぜアメリカがイラクに来たかを問いかける。そのギャップはいつまでも埋まらない。
イラクの若者たちは、サダム政権を倒してくれなど頼んでないとまで言う。そうだろう、サダム政権を倒したかったのは亡命者たちなんだから。私たちはアメリカが来るまで幸せに暮らしていたとイラクの若者たちは痛切に訴える。あまりに失ったものが大きかった。。。

おそらくイラク人はアメリカの謝罪を聴かずには何も前進できないのだろう。。。そんな気がする。すべてアメリカが入ってきたことから始まるという。だからアメリカが出ていけばきっと良くなると。

が、そんな単純なことでは済まなくなっているのではないだろうか。。。ライラ・アンワルが嘆いているけど、イラク社会がこれほどイスラーム化してしまったのをこれからどうやって元に戻すのだろう???

何をみても、イラク戦争/占領の恨みに対するイラク人の気持ちが繰り返し繰り返し伝わってくる。時々、嘆くのはやめて前に向かって歩こうよと言いたくなる。でも、それは傷ついた人の気持ちを理解できてないからだと言われたら一言もない。
だから、私は、彼ら/彼女らの言葉を伝え続けようと思う。嘆くのをやめて歩きだすまで、ともに歩んでいきたい。それが今のところ、私に出来る唯一のことだから。

世界はもうイラクのことなど忘れて、どんどん進んでいってしまう。世界なんてそんなもの。でもそれでいいのかも。そのうち、きっと真実が見えてくるから。
なぜイラクがこれほど暴力にあふれたのか?いったい何が起きたのか?
それまでじっと耐えるしかない。本当のことがわかる日がくるまで。。。
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by reem-akemi | 2011-01-09 23:59 | 日記
長らくブログを書いていなかった。この頃はTwitterばかり。。。短い文章だけでは文章力が落ちるだろうな。あは、文章力だけでなく入力も落ちているみたい。さっきから間違えてばかり007.gif

冬になったこともあってデザインも変更。

さて、今はイラク検証ブックレットの原稿書き。イラク女性がどのような状況にいるのかを書くことに。A先生(私のアラビア語の先生、バグダッド育ち)にとりあえず原稿チェックを頼む。

先生によると、日本に出産休暇がない時代からイラクでは女性たちが出産休暇を取っていたとか。社会の隅々まで女性たちが働いていて、なんと空軍の女性教官(パイロット)もいたとか005.gif。自衛隊にもまだ女性教官はいないわよね。女性が軍隊に入ることを望ましいとは思わないけど、日本の発想では看護関係が多いんじゃないかな。

男性と対等であることの象徴として「軍隊」があるのは確か。ただ私は女性が男性になることをフェミニズムとは思わない。話がとんでしまった021.gif

とにかく、イラク戦争の前は女性たちが活躍していたということ。でも今は女性たちの権利も尊厳も失われ、外に出ることも出来ない。急進的なイスラームの集団が民兵となって人々を監視しているためヒジャブ(スカーフ)をしないと危険な目にあう。どういうことかというと、ヒジャブをしていないことを理由に乱暴を働かれたり、拘束されたり。。。キリスト教徒の女性までもがヒジャブをしている。そんなことイラクの歴史上なかったらしい。

「快楽結婚」という男性に都合の良い結婚も宗教上認められた。シスター二がファトワを出したのだ。「快楽結婚」は期間限定の結婚。たとえば1週間とか1ヶ月とかの契約で結婚する。それって何?と思う。イラン人がナジャフに巡礼に来て、現地妻として女性を娶ることも可能というわけ。結果、15歳以下の少女の結婚が増えたとか033.gif

また外部から侵入してきたアルカイダたちがイラク国内で妻をめとり子どもをもうけるが、自爆テロで亡くなったり、国外に逃亡したりして、国籍のない子どもたちも増えているそうだ。

いずれにしろ可哀想なのは女性。。。007.gif
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by reem-akemi | 2010-12-29 14:30 | 日記

2004年4月のこと

今日の朝日新聞の記事「イラク 深き淵より」は高遠菜穂子さん。「命の時計動き始めた」。

彼女も書いているが、あのとき多くのメディアは拉致事件の背後に何があるか書かなかった。。。ファルージャの状況がどんなにひどくイラク人がどれほど苦しんでいたのか、それを報道しなかった。

ちょうど国会前の集会時、私はNHKのインタビューを求められた。1時間ほど話しただろうか、イラクの状況を知っている限り話し続けた。なぜこんな事件が起きたのか、ファルージャでどれだけの人が殺されているのか、私たちの友人のイラク人が助けようとどれだけ必死になっているかを。そして彼女がどんな活動をイラクでしていたかを。彼女のおかげで多くの日本のNGOが助けられていることを。
多国籍軍として日本が関わっているイラク戦争。そのことの意味をどれだけ話しただろうか。。。。

が、その日放送されたのは、最後の1分。「帰ってくることを信じてます」の一言。テレビを観て力が抜けた。なんのために1時間話したの????なぜNHKはファルージャで起きていることを国民に知らせてくれないの?

思い出すと、とても悔しい。。。。背景がわかったら、あのバッシングはおきなかっただろうに。。。日本政府が自衛隊を派遣するために書いた「バッシング」のシナリオ。国家は平気で人を殺す。。。権力の怖さをひしひしと感じる事件だ。。。。
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by reem-akemi | 2010-08-23 19:26 | 日記

暑い、とにかく暑い

そう、タイトルどおり暑いのなんのって。エアコンをつけて部屋にこもっているから余計に感じるのかも。。。暑いと集中力が落ちるからエアコンは必需品だ。ジムへ運動に行こうと思っていたが、めげた015.gif

洗濯をして、ゴミだしをして、8時からお気に入りの「チャングム」をGyaoで観て、それからアラビア語の勉強。とりあえず来期のテキストの単語調べ。ランチはヒルズダイエット(私は知らなかったけど、そういうらしい)

そして、ただ今休憩中063.gif。このあとまたアラビア語の勉強の予定。ジムへ行かないかわりにひたすら勉強045.gif

なんか、勉強が目的化している感じ。。。これってまずいんじゃない?そもそも通訳を通さず自分でアラブ人と話しがしたいというのが動機だけど、わけがわからなくなってきた状態042.gif。無機質に歩みを進めている感じがする。これも暑さのせいかなぁ。。。

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by reem-akemi | 2010-08-16 13:30 | 日記

8月15日

今日は8月15日。1年に一度、日本人が戦争の「思い出」にひたる日。世界ではあいかわらず殺戮が繰り返され、暴力が満ち満ちているというのに、日本では戦争は遠い昔のこと。この違和感をなんとしよう。。。
自民党の8月15日に関する総裁談話ー私が感じていることと同じことを言っている005.gif
「連合国との間に圧倒的な国力の差が存在していたにもかかわらず、何故開戦に至り、中途の講和も成らず、祖国が焦土と化し、尊い幾多の人命が失われたかについても、正確な認識を持つことが必要と考えます。平和は歴史の検証と、たゆまぬ努力があってこそ初めて得られるものであることを、ここに改めて強く認識するものです。」
もしかしたら私とまったく反対の立場からの意見かもしれないけど013.gif。先の戦争を検証しなかければならないという認識があるとしたら、野党になって苦労したせい?

多くの日本兵が戦わずして「餓死」で亡くなった。そんなむごいことってあるだろうか。。。制空権も制海権も米軍に取られたのにも関わらず戦況をリアルに把握できなかった参謀たち。そんなヘタクソな戦争ってあり?
なぜもっと早く降伏をしなかったのか、その責任は誰にあるのか?広島に原爆が落とされる前に、東京大空襲で10万人の人が亡くなる前になぜ降伏をしなかったのか?勝ち目のない戦争をしているとわかっているのになぜ終止符をうたなかったのか?

歴史の検証と、たゆまぬ努力があってこそ初めて平和が得られる。その通りだと思う。それには権力から距離を置いたメディアの存在が必要。垂れ流しの報道ではなく、ジャーナリストとしての自覚をもった仕事をする人が必要。事実の公開と検証こそが私たちに真実を教えてくれる。

権力を使ってメディアを操作しようとするアベ某、小泉某、そんな政治家はもうたくさん。政治家にゴマをする田原某もいらない。

東京大空襲の被害者たちが国家賠償を求める全国組織を立ち上げたとか。おそらく勝ち目のない闘いになるだろうに。。。そう、イラク戦争検証と同じ、勝ち目のない闘い。いや、勝ち目がないというより、着地点のみつからない闘い。。。
戦争の検証は、過程が重大といえば言えなくもないが、でも着地点はどこに?私にはわからない。

まとまらない文章。。。頭の中にある言葉を羅列しただけ。
見えないのよね、着地点が。。。
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by reem-akemi | 2010-08-15 23:29 | 日記

この頃の新宿

いつも通っているエステのお姉さんがポツッとつぶやいた。
「この頃、中国語ばかり聞こえるのよね」
「そんなにチャイニーズが多い?」
「聞こえる言葉が日本語より中国語のほうが多いくらい。見かけもまったく変わらないし…」

確かに、確かに。電車に乗っても中国語がよく聞こえてくる。中国語は日本語の音の高さと少々異なるようで、日本人の会話よりたくさん耳に飛び込んでくる。高さもそうだけど会話の間の取り方も日本人と違い、途切れることがない。アラブ人と同じで腹式呼吸なのだろうか、声が大きい人も多い003.gif

帰りに新宿・小田急へ寄ると、あちらこちらからなんとなく中国語が聞こえてくる。紳士服売り場でブランドものの洋服を見ている男性二人、明らかにチャイニーズ。

時代が変わったなぁ。。。つくづくそう思う。ニュースによるとドバイの超高級ホテル(船の形をした有名なホテル・・・名前を失念008.gif)の客の60%が中国人だという。あのホテル、私は見学しただけ015.gif。正面玄関のエスカレーターの両脇に水族館のような水槽がで~んとあったような記憶が・・・。

そんなだもん、近い日本にたくさん来てもおかしくないわさ。いまや日本にとっては大事な顧客001.gif。個人旅行が自由になったのだろうか、少人数での行動が多いのも近頃の特徴かも。

もしかしたら日本語より中国語とか韓国語がひんぱんに聞こえる社会って、平和で健全で、日本にとってはいいことなのかもしれない。世界は日本人だけではないよって、言葉が教えてくれる。耳を澄ませばインドネシア語とかタイ語、タガログ語、アジアのいろいろな言葉が行き交っている、そんな東京が望ましいのではないかしら。ビジネスだけではなく、社会そのものに多くのものが入り混じることが強い社会になる過程。そんな気がする。たとえばパリのように、NYのように。
そうすると「日本人」って何?日本人のidentityが問われてくるね017.gif
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by reem-akemi | 2010-08-12 13:54 | 日記

金のピアス

2003年10月イラク・モスルを訪れたさい、路地裏の小さな宝石店で金色に輝くピアスを見つけた。耳を通すリングに平たく打ち出した5ミリほどの丸い金属が6枚、ユラユラとゆれていた。アラブのお姫様の耳をかざるような優雅さが気に入り、店内へ。主人はおもむろにピアスを秤(はかり)の上に。昔ながらの錘(おもり)を載せる秤だ。おもりを少しずつ重くして金の重さを測る。

戦後まもないイラクだからまだ金細工の職人がいたのかもしれない。古典的なデザインではあったが、アラブの長い文化を感じさせるピアスにすっかり魅了された。

金のピアスは動くたびに耳元でゆれている。首をイヤイヤと横に振るとゆれているのがよくわかる。イラクの古い町、ニネベの丘に吹く風の思い出とともに金のピアスは私にとってはイラクそのものだった。

ところがこのピアス、ときどきお散歩に出てしまう。。。気がつくと耳についてない。
最初はあせって自分の歩いた場所を丹念に探し回ったが、あきらめかけた頃、出てくる。最初からそこにいたのよといわんばかりに落ちている。

初めてなくなったのが帰国してまもなく。鏡を見ると耳についてないので家中を探した。1週間ほどたったある日、玄関のたたきの隅に落ちているのを発見。あれ!こんなところに!!!その嬉しかったこと(^^)

それからたびたびそんなことが繰り返されていた。
ピアスのリングの先は耳を通ってからつなぎ目の穴にカチッと音がするまで挿しているから落ちることなどないと思うのに。。。にもかかわらず。

最後のお散歩に出たのが今年の6月頃だったろうか。
気がつくとやはり耳についてない。また戻ってくるだろうとのんびり構えていたが、いつになっても見つからない。今度ばかりは本当に無くしたのか。。。イラクに行くことがあったら、片方だけ売ってもらおうかなどど考えていた。

そして、忙しさにかまけてピアスのことを忘れていった。

そんなある日、通っているアラビア語の学校の図書室のカウンターで、夏休みに読もうと思って絵本を借りる手続きをしていた。おしゃべりをしながら、ふとカウンターの上を見るとキラキラと光るものがある。あら!どこかで見たようなデザイン!!!wwww、私の金のピアスだ!!!!!!
「あら!これどこに?」
「Reemさんのだったの?」
「えぇ、だいぶ前に無くしてあきらめていたのよ」
「6月頃だったかしら、床に落ちてたのよ。欲しいという人もいたんだけど誰のものかわからないからずっとそこに置いておいたの」
「今まで気がつかなかったわ。ありがとう!」

ということで、この金のピアス、再び私の耳に戻ってきました(^0^)v
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by reem-akemi | 2010-08-10 08:44 | 日記

ある夢

3月以来の投稿。書くこともなく日が過ぎた。。。でも、今朝観た夢があんまり鮮烈だったから、それを記録するつもりで。。。

私とNさん、イラク人Kは、ともに小さな小船に乗っていた。Kの日本語は完璧で、いつの間にそんなに上手になったのだろうと思いつつ水の流れを観ていると、とある家に船はたどりつく。

人々がぞろぞろと下船して家の中に入っていくので私も降りようとすると、先に下船していたNさんが顔色を変えて駆け寄った。「こんなの見ちゃダメ!」。なんだろうと家に入ってみると、人が縛られて床に転がっている。「『自殺の儀式』よ」とどこかで声がした。人が死ぬところなんて見たくない!そう思ってあわててその場を離れようと通りに出ると、すでに2人ともどこかに消えていた。

仕方なく私は左のほうを進む(一瞬、2人は右に進んだのかと迷ったけど)。歩いていると雨が降ってきた。さっきあわてて家を飛び出したので私は靴をはいてない。真っ白なソックスがグチョグチョに濡れ泥がしみている。タクシーに乗りたくても通りには何も走っていず、どうしたものかと思っていると、一人の女性が自分の家にいらっしゃいと招いてくれた。

私は濡れた体のまま家に入り、それまでのいきさつを彼女に話した。するといつのまにか彼女の周囲には5~6人の女性たちがおり、口々につぶやいた。「私たちもあそこにいたのよ」

え!!!「死」が私のまわりをとりまいていた。殺される!!!!瞬間にそう思った。
でも、違っていた。「貴女は一生ここに住むの。これからは絶対にどこも行けない」
そういうと女性は私をある部屋の前に連れていった。
そこには一人の若い女性がカーテンを体にまきつけて立っていた。
と、そこへ一人の年配の女性がやってきた。
「あの人、若い女性を助けるつもりよ。でもそうはさせない」

私を案内した女性は部屋の後ろにまわった。
瞬間、年配の女性が殺されたと私は思った。

私はいつの間にか女性たちに囲まれ、その中に小学生くらいの子どもがいた。
子どもは白い面をかぶりうつむいている。不思議なことに女性たちは皆ナイフを持っている。
子どもの後ろにいた女性は興奮して何かをしゃべりだした。
でも私にはその言葉が聞き取れない。
女性は興奮しながらナイフを子どもの頭につきたてた!
白い面にナイフがくいこんでいくのがはっきりと見えた。
女性はそのナイフを何か言いながらグチャグチャとかきまぜた。
子どもはその場にうずくまってしまった。

私は声も出ずその場に立ち尽くしていた。
殺される。。。。恐怖が全身にはりついていた。

**************************************
なぜこんな夢をみたのだろう????

思いつくのは昨日Nさんとファルージャの話をしていたこと。ファルージャの証言(白旗をかかげた老人が米兵に殺されたこと)をかいまみたこと。奇形の子どもたちの映像をたくさん見たこと。

私たちの世界はある倫理観で構成されている。「人を殺してはならない」という倫理観だ。
だから人は安心して生きていける。だがその倫理が否定されることがある。
それが戦場。それが占領。イラク、パレスチナ。。。。
あの恐怖は殺される恐怖でもあるけど、おそらく倫理が崩壊したことに対する恐怖かもしれない。

「動くものは殺す」。そんな恐ろしい状況が普通にあるということ。それがすでに私たちの想像を超えている。こんな夢をみなければ恐怖を知ることも出来ないとは。。。
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by reem-akemi | 2010-05-22 11:10 | 日記

アバターを観る

「アバター」。最初、このタイトルからイメージしたのはYahoo!そう。タイトルの意味が不明だったのだ008.gif。人間の頭脳をリンクさせて動くロボットのようなもの。確かに人間の運動機能は他の生物に比べて劣る。それをアバターなるものでカバーして最高の運動機能を備えた生き物にさせたのだろう。

主人公の元海兵隊員は戦争により半身不随になっている(22世紀まで戦争が続いていると考えるアメリカ人ってどうだろう!)。彼はアバターになってパンドラという星で馬のような生き物とか蛇と鳥が合体したような空飛ぶ生物を乗りこなす。私もやってみたいと思ったのは確か001.gif

この話、どの映画評を観てもイラクを連想する人間がいない。鉱石を採るために原住民を殺してもかまわないという発想は、オイルを取るためにイラクを占領したアメリカの姿。そう思ったときから映像にはまってしまった007.gif。ナヴィ(原住民)の住居である大木が倒れたとき、バグダッドの攻撃がフラッシュバックしてきて涙がとめどなく流れてきた。。。Oh,my God!!!!
自分たち以外の文化を劣っていると考え、自分たちの民主主義をおしすすめ、教育を与えるのはアメリカを中心とした西欧の遣り方。イスラムと西欧のはざまでおきているさまざまな軋轢の要因は西欧側が他の文化を認めないからだと私は思っている。アメリカンあるいはヨーロピアンスタイルが正しいとはいえないのに。。。

ストーリーそのものはきわめて単純。キャラクターも定番。でも、音楽と映像は一流。
ちまちました日本映画の良さも捨てがたいが、こういう大掛かりな映画もたまにはいい。
3Dで観なければ、この面白さは半減かも。
次の3Dは「アリス イン ワンダーランド」。。。「不思議の国のアリス」。私のお気に入り、ジョニー・デップが出演する016.gif
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by reem-akemi | 2010-02-08 06:57 | 日記
今夜はNGOヒューマンライツナウの国際人権セミナー「人権の視点から見た紛争予防・紛争解決」に参加した。講師はイギリス・エセックス大学人権センター所長のジョン・パッカー氏。1991年から国連人権高等弁務官事務所でミャンマー、イラクの人権問題を担当してきた。

1991年といえば湾岸戦争後国連によるイラクの経済封鎖が始まった頃だ。そして、彼の話はイラクのことにも触れた。サダム・フセインが行なった自国民に対する人権抑圧を脅威と感じ、安保理は制裁処置を行なったと。

むむむ033.gif。国連の経済封鎖がどのような結果を招いたのか!私は、当時国連にいたものとして、彼がこの処置をどう思っているのか聞きたくなった。で、聞いてみた。

Q:1991年の国連経済封鎖についてですが、先ほどサダム・フセインが国民に対して抑圧をしているから行なったようなことをおっしゃいましたが、この経済封鎖によってイラクでは医薬品が入らなくなったり、ミルクがつくれなくなったり国民がとても苦しめられました。そして多くの人が亡くなりました。結局、この方法は独裁者は何も傷つかず、国民が苦しめられるという結果を招きました。このような手段、つまり経済封鎖という手段が正しかったとお思いですか?私は間違っていたと思いますが、再度確認したくて質問させていただきました。

A:(ひどく私をにらみつけ)1991年のイラクの経済封鎖はサダム・フセインに行ったというよりイラク全体に行なわれそのため国民全体を苦しめる結果になりました。そして国民はサダム・フセインに依存するようになったのです。イラクは豊かな国です。私たちは石油と食糧を交換する提案をしましたが、彼らは石油を食糧に変えることを拒否しました。そしてサダムの2人の息子は水の利権を得て、その地位をますます固めました。あれは確かに失敗です。イラク国民は国連に怒りを抱いてます。しかし、あれ以外に何か方法があったでしょうか?クエートに侵攻したイラクに対する処罰として占領すべきでしたか?

おいおい。。。それはないでしょ033.gif。平和的解決を教えてくれるはずの人が「占領」だなんて。極端な発言にビックリ005.gif。しかもずっとニコリともしない。
で、考えた。おそらくこの問題はパッカー教授の汚点なんだと。良心が痛んでいるに違いない。

クエートに侵入した処罰ならイラクは十分すぎるほどの重荷を負った。石油を吐き出させるために食糧と交換させるなんて方法も間違っている。
それを正しかったなんて思うのは傲慢だ。
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by reem-akemi | 2010-01-12 23:37 | 日記