毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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カテゴリ:日記( 113 )

アル・ハヤート

2007年10月06日

昨日数年ぶりに知人に遇う。開口一番、「いやぁ、ずっと親の介護をしていて、この春に亡くしたんだけど、そのあと今度は目が見えなくなってねぇ…」とかけていた眼鏡をはずした。ちょっと変わった形をした眼鏡だった。

「テレビを観るくらいは出来るんだけど文字はちょっとね。本を読まない生活をしていると、自分がだんだん壊れていくような気がしてくる」
彼はフランス語を勉強してから英語の文法が理解できたと笑う。そういう人が本を読めないというのはかなりつらいことだろうと思う。
「で、アラビア語は時制についてはどうなの?」
う~~~~ん。難しい話が好きなんだなぁ。。。目が見えないのはさぞかしつらいだろうなぁ。

もし私の目が見えなくなったら、私は何をするだろうと思った。朗読ボランティアとしてトルストイを読んだことがあるが、私の場合はトルストイなど聴く気にはならない。やっぱりつらいなぁ。語学の勉強も目が見えなければ出来ないしなぁ。。。

そして今日、やはり久しぶりにある人に遇った。彼は高校教師を定年後、昭和史を研究して、いまや人に乞われ県内の3ヶ所で歴史を教えている。
今夜、明治大学で歴史講座があるので行くところだと目を輝かして言う。
「私は自分の人生を5年ごとに区切ってまして、今年77歳になるんですが、それまで5年だった区切りを3年に変え、あと3年で何が出来るか考えました。この年になると時間が惜しくて。。。それで今の夢は立命館大学で勉強することです」
彼は年々若くなるような気がする。

健康であればこそ勉強も出来る。自分が壊れていくと感じている40歳と、ますます豊かに老いていく77歳。健康であればこそポジティブにもなれる。

そうそう、壊れていくと言った彼はこうも言っていた。「今、僕は自分の人生を再生しているんだ」。そうだよ、まだ若いんだもの。がんばらなくっちゃ!

私は手をふって別れた(それぞれ違う場所だけど)。命がいとおしいと感じる時間が増えてきたのは年を取ったせいかもしれない
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by reem-akemi | 2007-10-06 00:30 | 日記

日本のジャーナリズムは

2007年09月19日

SFから戻ってきたときはめっちゃ元気だったのだけど、次第に気持ちが地味になってきた。日本が秋に近づいてきたせいか…。

1週間かけてリバーベンドのブログを翻訳アップ。
いつものことだけど行動を訳すのは簡単だが、心情を訳すのは言葉を探すのに苦労する。特に私は翻訳を勉強していたわけでもなく自分の感性でやっているから、結果、自分の言葉でしか表現できない。
もしかしたらもっとフィットする言葉があるのではないかと繰り返し言葉を探すため、どんどん表現が変わっていく。

SFのジャパンソサエティでWさんの「Little Birds」が上映され、翌日のシンポに参加した。イラクにジャーナリストが入国しずらくベトナム戦争時と違い情報がうまく入らないというようなことを彼が言ったので、私は「イラク人自身の発信がブログ等でなされているし、イラク人自身からビデオも流れている。問題はそれを私たちが共有できていないことではないか?」と質問した。それに対して彼は「そのような情報は真実性が疑わしい」と答えた。

数年前、リバーのブログを刊行するときに某書店で言われた言葉と同じ。私は少々がっかりした。正直に書くと、彼に対して「傲慢さ」を感じた。命をかけて発信しているイラク人にどう答えるかが私の課題だけど、恐らく立っている場所が違うのだろう。

どうあがいても私たちには世界の一部しか見えはしない。象の足から、鼻から、耳からその大きさを想像できはしても象全体が見えないのと同じで、私たちは切り取った断片から全体を想像するしかない。

ジャーナリズムとは何だろう?書き手の思考というフィルターを透す限り客観性に限界があると思うのだが。とはいえ、イラクで命を落とすジャーナリストはたくさんいて(その多くがイラク人)、その活動には頭が下がるし尊敬に値する仕事だと思う。

私が言いたいのは事実の断片をかき集めても所詮真実に近づくだけに過ぎないのだから謙虚であってほしいということだ。世界全体の実像は時間が解決してくれる。見えなかったものも歴史が見せてくれる。ジャーナリズムは世界全体が見えるまでの一片の記録にしか過ぎない。

謙虚なジャーナリストが日本にいなくなってしまったのが残念だ。

(Mixiブログと内容が重なります)
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by reem-akemi | 2007-09-19 09:58 | 日記
2007年09月11日

昨日、SFから帰国。意識はいまだSF。眠っているとオークランドの家のキングサイズベッドにいるような気がしてしまう。それほど居心地が良かったということかも(^^)。

なぜこんなに居心地が良かったのだろう?人々がフレンドリーだから?それもあり。風がさわやか?うん、それもあり。すべてに先進的だから?そう、それもあり。う~~~ん、結局、「なんでもあり」の自由さかもしれない。

私の中の「枠」がひどくちっぽけなものに思えた。なんだか他人に優しくなれそうな気がする。

ローリーのように、イベットのように、行動と思想のバランスが取れた女性になりたい。SFで私は生きる勇気をもらった!

#私がSFで過ごしている間にリバーがアップしていました。あわてて、今翻訳中です(^^;)
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by reem-akemi | 2007-09-11 14:57 | 日記

サンフランシスコへ

2007年09月01日

この頃mixiのブログは書くのだけど、こちらのほうの筆が進まない(こういう表現がブログにあうのかどうかわからないけど)。というのも「批評」が馴染まなくなってきたから…。偉そうに言える立場かなぁと、どうも弱気な私。

いっそ閉じたい気分も…。う~~~ん、そういうときもあるかもね(^^)

と、書かないことの言い訳を少ししている!!

さて、もう9月1日になってしまった。今日の夕方の飛行機でサンフランシスコに行く予定。ベイ・エリアの反戦運動を見てくるつもり。9月2日にヒッピーの40周年大会があり、まずこれに参加(懐かしい♪)。そのあとは「戦争より農業を」という団体の農場へ行ったり、女性センターへ行ったり、UCLAバークレー校の学生とのミーティングなど、めいっぱい動いてくる予定。

おそらくこのサイトの書き込みは帰国してからになると思うけど、もしかしてアクセスできたら情報を流しますね(^^)v

#アメリカは2005年のNY以来だけど、状況はどんどん変わっているもんね。
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by reem-akemi | 2007-09-01 00:49 | 日記

8月15日

2007年08月15日

今日は本当に暑かった。地面からモワモワと熱気が上がってきて、バーベキューの肉になった気分だった。
これだけ暑いとイラクを思い出す(^^)。こういうときはイラク式に太陽の出ている時間は寝て過ごすに限る。

さて、その暑さのなか、靖国に行ったのだろうか、旧日本陸軍の軍服を着た若者に出会った。私は上から下まで(ぶしつけにも)見させてもらった。一体、どこであつらえたのだろうか、カーキ色の軍帽には赤い線が入っていて、金色の徽章がまぶしく輝いていた。同じくカーキ色の軍服には肩章がつき、若者らしく少々ウェストがしぼってある。この暑いのに白の手袋をはめ、黒のブーツをはいている。ブーツはナチスのようにこれまた細め。

今考えると陸軍というよりナチスの服に近かったかもしれない。軍帽のかぶり方が日本軍かな?

いわばコスプレのひとつだけど、やっぱ、目立つ!!!!面白いのは多くの人が見てみぬふりをすること。こういう人には近づかないほうがいいと思っているのだろう(笑)。

軍帽の下の頭はアメリカのマリーン(海兵隊)と同じジャーヘッド!!!

おもちゃの軍刀を持っているかと手元をのぞいてみたら持っていたのは飲みかけの「生茶」(^0^)。そのうち「生茶」をひざに置き、うつらうつらと居眠りを始めた。

8月15日、どんな気持ちで軍服を着たのだろう?日本が戦争から遠ざかること62年。つくづく平和だと思う。
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by reem-akemi | 2007-08-15 23:37 | 日記

反戦の遺志をつぐ

2007年08月04日

7月30日、参議院選挙の開票が行なわれ安倍政権の歴史的な敗北が決まった日、60年代後半の反戦運動を指導してきた小田実さんが亡くなった。新聞報道で掲載された病床の小田氏は私が知っている小田さんではなかった。ガンという病はこれだけ人の顔を変えてしまうものなのか?

数年前、彼は慶応義塾大学の経済学部で講座を持っていた。あるつてで私もその授業に参加していたが非常に興味深い内容だった。そのとき教えてもらったのが、我々は「殺される側」にいるということ。その自覚は大切だ。殺される側にいながら国家を擁護することほど愚かなことはないと私も思う。擁護するべきは我々自身、我々は何を基盤として考えていくのか?、よって立つべき場所はどこか?自ずとするべきことが見えてくる。

8月4日、青山葬儀所で鶴見俊輔氏を葬儀委員長として葬儀が行なわれる。そして葬儀の最後はデモで締めくくる。バナーには「反戦の遺志をつぐ」と書いてあるそうだ。なんと重い言葉だろう。その日(今日)は誰もがその言葉を自分の胸に刻んで歩くことになる。
デモ指揮は福富節男さん。私の母と同じ大正8年生まれの87才。一緒に歩くのは葬儀委員長を務める鶴見俊輔さん。炎天下、大丈夫だろうか。

40数年前の8月5日、人々のデモは戦車を止めた。そして今、大きく右に傾いたこの国で私たちは未来に向かって歩く。たった15分という短いデモだけど「殺される側」に立つ人間として権力に対し意思を表明したい。私たちは決して服従などしないと。

小田さんの葬儀のデモは私の記憶に長くとどまることになるだろう。
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by reem-akemi | 2007-08-04 00:55 | 日記

今年も蜂が…

2007年07月25日

去年、蜂退治をしたと思ったら今年も蜂がやってきた!
http://blogs.dion.ne.jp/hope/archives/3936941.html

今年の蜂は黄色い色をしたキアシナガバチ。この蜂、巣に入らずコウモリのように巣の上でさかさまにぶら下がっている。全体に黄色いので巣全体が黄色く見える。

庭の剪定を中断して今年もバズーカ式の「マグナムジェット」を購入。暗くなったら敵をやっつけるつもり(><)。夜襲をかける野武士みたい(誰がじゃ!!)
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by reem-akemi | 2007-07-25 18:35 | 日記

自主防犯

2007年07月21日

埼玉県では上田知事の指導のもと2004年より下記のような「防犯のまちづくり推進条例」が施行された。
http://www.pref.saitama.lg.jp/A01/B700/bouhan/handbook/jourei/jourei.html

これにより「県民の責務」として「防犯パトロール」をする「防犯自主グループ」が急激に増加した。ご他聞にもれず私が住む団地でも管理組合と自治会の役員が共同で毎月2回防犯パトロールをしている。

さて、今年から自治会役員になった私に初めての危機が訪れた。すなわち、この防犯パトロールを輪番制で行なおうと副会長(女)がのたもうたのだ!
「何度か参加しましたが30分ほどぶらぶら歩くだけです」

私は以前よりこの「防犯自主グループ」という組織に生理的嫌悪を感じていた。また、治安の不安を煽るマスコミのあり方にも疑問を感じていた。その狙いはなんだろうと。
大きい意味では米軍再編にともなう軍事強化のための地域民衆の意識変革。すなわち個人より公共を優先する意識の育成。そして互いに互いを監視させる「隣組」の復活。

こんな気持ちの悪い組織に協力するのは、まっぴらだ!

で、こう云った。
「基本的に私は強制されるのも強制するのもキライです。なので、もしそのようなことを私たちに強制しようとするなら私はお断りします」
案の定、自治会はてんやわんやの大議論となった。もちろん1対4(ほかは沈黙)。1とは私のこと。
オヤジ副会長は、「集団生活をしている以上ルールがあるのです。ルールがイヤなら出ていったほうがいい」とどこかで聞いたセリフを吐く。
結局、強制はしないということになり、再度ボランティアのお願い文書を全体に出すことになった。

2007年度問題というのがある。リタイアした会社人間たちが組織に依存した生活を抜け出せず、地域でも寄り集まり集団生活をすることを指すのだと私は思っている。自分たちは社会への貢献と思っているだろうが、結局は警察・官僚の下請けを行なっている。

社会福祉関係ならまだわかるが、治安対策など黄色いジャケットを着て警察のような顔をして駐車違反の取り締まりをしているのを見るとゾッとする。

軍事化への土壌はすでに存在する。

*ミクシィ・ブログと同じ内容です。
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by reem-akemi | 2007-07-21 23:57 | 日記

クマともりとひと

2007年07月11日

日本熊森協会が発行した「クマともりとひと」という冊子を読む。
http://homepage2.nifty.com/kumamori/
すでに5万部が売れ、さらに5万部を増刷したとか。

アフガンから帰国する途中、空から見た日本列島は緑に覆われ、アフガンの土色の大地ばかり見てきた私には日本の美しさは感動的でした。

けれど、それが死の森だったとは!戦後政策の一環で農林事業はヒバとか杉の針葉樹を植え、広葉樹を植えることはありませんでした。そのため森に住む動物たちの食べ物がなくなり、里へ降りるようになったのです。
なんと哀れなことでしょう。。。

群馬の森と栃木の森はなぜか違います。いつもそれがなぜなのかと不思議に思っていましたが、やっと理由がわかりました。群馬の森は針葉樹が多く、栃木の森は広葉樹が多いせいか山全体に丸みがあるのです。もっともそれは群馬と栃木の一部の森の話ですが…。

私たちは私たちの責任で森を少しずつでも元に戻して、森の生き物たちを守っていきたいですね。

この本の扉にあるマザーテレサの言葉に共感します。
「愛は、言葉ではなく行動である」
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by reem-akemi | 2007-07-11 00:19 | 日記

パッチギ

2007年06月03日

パッチギの続編を観た。
http://www.pacchigi.jp/loveandpeace/

あまり良い批評がなかったので観ていなかったが、ある人の「素晴らしい映画だ」という言葉に誘われて昨日観てきた。60年代末の若者たちをテーマにした前作は私たちの世代にとっては懐かしく、観ながら当時のことを思い出すという映画だったが、今回の作品は「今の時代」に対するメッセージ性が強く、前作を上回る素晴らしい出来だ

久しぶりに「観た!」と思う映画であることは確か。映画がこんなに面白かったのかと再認識する。それもこれも井筒監督の手腕によるのだけど、映画作りをよく知っている人間が作った映画というのは本当に面白いのだということを改めて思った。
この頃の映画はスピード感とか音楽、構図などがテレビの延長で1800円払う価値がないと思うものばかり。特筆すべきはパラオの日本軍基地を襲撃する米軍のリアルな映像。戦争がいかに残酷なものかということをイヤというほど見せる。血が臭ってくるような映像だ。下半身が吹き飛び「オモニ」といいながら息絶える朝鮮兵の哀れさを私たちはどうしたらいいのだろう。

この映画を「反日」的だという人がいるそうだ。「日本」あるいは「国家」に拘る人間にとって監督のナショナリズムへのチャチャは彼らの神経をさかなでするのだろう。でも、私は監督の感性に共感を持つ。私たちにとって何よりも大切なのは人間であって、国家ではない。

パラオの日本軍が造った社(やしろ)を米軍の飛行機が破壊するところは思わず「やったぁ!」と心の中で叫んでしまった。国家主義を粉々にくだいたようで快感だ。

私は自分が暴力的な人間ではないと思っているが、鬱屈した気持ちを吐き出すように殴りあう若者たちの気持ちを理解できる。暴力の生まれる環境は結局、そういうことなのだろう。

日本は日本人だけが住んでいる国ではない。無理矢理大陸から連れてこられた朝鮮の人たち、北海道に住んでいたアイヌの人たち、文化が違う人々と文化を共有しつつ、彼らの生きる権利を保障しつつ、ともに生きていかなければ私たちはレイシズムを国策としているイスラエルと同じだ。

国民とは何か?国家とは何か?あらためてその言葉の意味を考えたいと思う。

#以上、ミクシィの私のブログからの転記
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by reem-akemi | 2007-06-03 10:34 | 日記