毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

<   2005年 02月 ( 5 )   > この月の画像一覧

パッチギ

パッチギ!を見た。

1968年。その年はベトナム反戦運動の風が私たちの間を吹き抜けていた。あの時代、あの風を今の若者が感じようが感じまいが、そんなこと、どうでもいい。

映画を見ながら私の心はいつの間にか1968年の18歳に戻っていた。あのときはなぜあんなに熱かったのだろう?怒りを怒りとして表すことがなぜあんなに出来たのだろう?なぜあんなに強く人を好きでいることが出来たのだろう。。。

若いという字は苦しい字に似ていると誰かが言った。考えると苦しい日の連続だった。人を好きでいることも、デモに行くことも苦しかった。

けれど、私の苦しさなど在日の人の苦しさに比べたら何のことはない。
私の周りにいた在日の友人たち。どれだけ彼らのことを知っていたのだろう・・・。私の心はうずいた。中学校から同級生のk・Aが在日であったことを知ったのはずいぶんたってからだ。あたりを威嚇するような彼のまなざしは在日であるゆえだったのだ。

パッチギの主人公康介は在日の老人から強制連行の歴史を聞かされ、自分のギターを壊し河に投げ込む。

私が日本人としての責任を問い詰められたのは1995年中国に行ったときだ。ある老人ホームを訪れたときそこにいた老人から日本軍が中国で何をしたかを教えられた。「人間」の怒りに初めて出会い私は狼狽し泣きながら許しを乞うた。私がしたことではないけれど、日本人がしたことだ。

北朝鮮と韓国の間に流れるイムジン河。私たち日本人と在日の人の間にも流れているイムジン河。過去の歴史を受けつがずしてイムジン河を越えることは出来ない。


イムジン河 水清く
とうとうと流る
水鳥自由に むらがり飛びかうよ
我が祖国 南の地
おもいははるか
イムジン河 水清く
とうとうと流る


北の大地から
南の空へ
飛びゆく鳥よ 自由の使者よ
だれが祖国を
二つにわけてしまったの
誰が祖国をわけてしまったの
[PR]
by reem-akemi | 2005-02-28 12:03

わらじ?ぞーり?

こんな面白いサイトがあった。

http://www21.ocn.ne.jp/~zouri/

さっそくFreeなスタイルをしている友人にこのサイトをプレゼント。
そうしたら数ヶ月前に本気になってわらじ作り修行をしようと思っていたとか。

きれいな布で作ったら楽しいかも知れない。夏になったらtryしてみようかなぁ・・・。
南米の高地を走る人々の足元がやはりわらじだった。そのまま海に飛び込めるし、うん、やっぱり、いいかもしれない♪
[PR]
by reem-akemi | 2005-02-16 12:37

インサイド・イラク

先日、アメリカで今評判になっているという「インサイド・イラク」というDVDを見た。渡辺一枝さんがアメリカにいる娘さんから送ってもらったもので、2003年12月にイラクに入ったアメリカ青年のイラク探訪記とでも云おうか。

 映し出されたのはイラクの現実というより「アメリカ」の現実。米軍の姿が如実に現れていて私には非常に興味深かった。

 ヘリコプターからイラクの街並みを見たのも初めてなら、基地内で若い米兵がテレビゲームに興じるのも初めて、冗談まじりにイラク人を射殺する場面も初めて(イラクではよくあることではあるが・・・)、戦車の上からの町の風景も。。。

 そして、基地の鉄条網のまわりのストリートチルドレンが基地で捨てられた食べ物をねらってたむろしている姿はとても悲しかった。

 米兵に「明日。明日」と追い立てられ、「水もない。仕事もない。食べ物もない」と訴えるイラク人。そうしたのは誰?
 とてもとてもツライ映像です。

おりしも高遠さんのブログにラマディからのメールが載っていた。
地獄ともいえる毎日をリアルに書いたそのメールにすっかり打ちのめされてしまった。

ナチスの映画を見るときいつも味わう恐怖がある。相手の気まぐれで殺されるかも知れない恐怖ーそれと同じものがイラクで毎日行われている。
止めたい。本当にこの殺人を止めたい。。。

毎日、毎日、吐き気がする。。。。

Posted by hope at 23:08
[PR]
by reem-akemi | 2005-02-14 23:08 | 政治・経済・国際情勢
イラクからのレポートが届きました。
メディアはイラクが3つに分かれているかのように報道します。が、イラクの多様性は私たちの理解の範囲を超えているのです。


選挙明けの週です。みんなじっと待っています。が、何を待っているのか、誰もしかとは知らないのです。選挙が終わって2日ほど、なにごともありませんでした。その後、再び暴力が荒れ狂い始めました。イラク人のレジスタンスも再開しました。

 治安
 バグダードをはじめイラク全土で、毎日おびただしい犯罪が起き、その話が伝わってきます。強奪、誘拐、殺人は、いまのイラクではごくありふれた話です。たった数ドルのために、人殺しが行われることもあります。その理由は、イラク人の50%以上が失業しているからだと思います。毎月政府が配給する食糧の質量がともに落ちている上に、暮らし
を支える収入がまったくない人がおおぜいいるのです。

学校
 春休みが終わって、学校が始まりました。でもまだ、ほとんどの家では、子どもの送り迎えをしています。小さな子どもが通学途上誘拐され、身代金
を要求されるという事件が、ひじょうに多いからです。

 
イラク社会を理解していただくために、いくつかお話しておきましょう。

 イラクは混成社会
 
 イラク社会は、さまざまな要素がとても複雑に混じり合った社会です。
小さなインドといっていいでしょう。さまざまな民族、さまざまな宗教、さまざまな言語があり、その結果、主義主張もひじょうに多様です。
 今日の報告では、この複雑な混成状態について、少し詳しくお話してみましょう。ただ数字については、古い統計から私が推定したもので、公式のものではありませんので、その点注意をお願いします。

1.民族
 A. アラブ人
 イラク南部、中部、北部の一部に住む最大の民族グループです。約1700万人で、ほとんどがシーア派とスンニ派のイスラム教徒です。
シーア派の人々(約1100万人)は主にイラク南部と東部に住み、スンニ派の人々(約600万人)は西部と北部に住んでいます。首都バグダードは、シーア派とスンニ派が混じり合って暮らしています。シーア派の人々が住んでいるのは、ほとんどが貧しい地区です。これまでの政権、とくにサッダーム政権がシーア派を無視してきたからです。サッ
ダームは、スンニ派の人々に依拠していました。しかし、だからといって、スンニ派の人々が、他のイラク人のようにサッダームに痛めつけられなか
ったということではありません。シーア派の人々は、自分たちの指導者への絶対服従によって、大きな力を発揮します。

B. クルド人
 クルド人は、イラクで2番目に人口の多いグループで、イラク北部と東部の一部に住んでいます。人口は約500万人です。言語はクルド語で、アラビア語とはまったく異なっています。山岳地帯に暮らしていますが、イラクで一番いい土地に住んでいるといえるでしょう。クルド人の住む地域(クルディスタン)の首都はアルビルで、約8千年前から続く古都です。聖書には、アルベラとして出ています。クルド人のほとんどは、スンニ派イスラム教徒です。
C. その他
 ほかに、トルコ系の人々(100万人)、アッシリア人(50万人)、アルメニア人(20万人)、このほか多くの民族がいます。

2.宗教
a. イスラム教徒 2200万人
b.  キリスト教徒 200万人
c. スッバ教(イスラム教でもキリスト教でもない古代宗教) 25万人
d. ヤズディ教(クルド人の間で信じられている多神教) 30万人
e. その他 25万人

3.言語
a. アラビア語 イラク人の約85%がアラビア語を話します。
b. クルド語 イラク人の約20%が、インドーヨーロッパ系言語の一種であるクルド語を話します。
c. アッシリア語 
d. トルコ語

 重要なことは、このようなひじょうに複雑な混成社会で、人々がほんとうに平和に暮らし、誰も相手の民族や宗教について、問いただすようなことはしなかったのです。以上、説明してきたのは、このことをわかってほしかったからなのです。
 
 みんなとても仲良く暮らしていました――1968年までは(訳注:この年、バクル将軍によりバース党政権成立した)。その時から、ちょっとした
いざこざは起こるようになりましたが、それでもどのグループの間もいい関係にあります。残念なことに、外国勢力の多くは、この事実を歪めようとし
ていますけれども。
 
 イラク人は、お互いをとても大切に思っています。私たちの間には、少しの争いも亀裂もありません。

Posted by hope at 00:59
[PR]
by reem-akemi | 2005-02-10 00:59
イラクの選挙が終わった。バグダッドに住む友人から今回の選挙についてレポートが来たので書きます。

*********************************************
スレイマンのイラクレポート
 2005年1月21日~30日


投票
投票は昨日、全イラクで行われました。投票率はまったく予期しないものでした。しかしながら、36人が殺され、多くの人が怪我をした血の一日となりました。

イラクの北
 ここは450万のクルド人が住み、また、イラクの中部および南部と比べて安全な地域です。ほとんどのクルド人はスン二派ですが、しかし宗教的理由ではなく彼ら自身の民族的理由で投票が行われました。
 長年のサダムによる迫害のため、その地域では投票への参加が高いと予想されました。そして政府発表では95%でした(ドゥホーク、アルビルおよびスレマニヤ地域)。

イラクの南
 さらに、セキュリティがイラクの中部および西部よりはるかによいこの地域では、ほとんどの人々がシーア派です。したがって、彼らがシーア派の政党を支持するであろうことは予想されました。投票率は80%になった地域もあり、自衛隊が駐屯しているサマワなどの都市では、女性の投票率は45%でした。

イラクの中部
 バグダッドを含むイラクのこの地域は、政府発表と、私自身が見たとこによれば、(住民のほとんどがスンニ派にもかかわらず)予想した数より多くの人が投票しました。スンニ派は投票をしないことを決めていました。
しかし、投票率は予想よりも高く、約50%もありました。

選挙後に起こるであろうこと:
 誰も予想することができません。しかし、さまざまな可能性が考えられ
ます。イラクからの分離独立、内戦あるいは占領状態が長い間続くこともあり得ます。イラクの普通の人々は非常に疲れています。世界の人々と同じように平凡で平和な日常を生きることができるなら、どんな終わり方も受け入れることができます。

選挙の翌日
 電気事情はいつもよりずっと良くなり、さらに水道も復活しました。
私はこの奇妙な一致に驚いています。

Posted by hope at 16:49
[PR]
by reem-akemi | 2005-02-01 16:49