毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
カレンダー

<   2005年 12月 ( 19 )   > この月の画像一覧

2005年を振り返る

2005年12月31日

今年をふり返ってみる。

#ところでこんな時期に我が家の洗濯機が壊れた(20年も使った優れもの)。ビックカメラのポイントがたまっているので、さっそく洗濯機を買いに出かける。アメリカ映画に出てくるようなカッコ良い洗濯機が目に入ったので使い具合を聞いてみた。「実習生」という腕章をつけた店員はとても正直に「あれはカッコ良いけれどそれなりに水が必要ですよ」と言う。
「でも外国ではあのタイプが多いでしょ?」「外国は200ボルトの電圧で水もすぐにお湯にすることが出来ますが、日本ではそこまでしませんし、硬水と軟水の違いもありますから、そうですねぇ・・・、カッコよさを求めるならいいですが・・・」
そう言われたら倍の値段を払ってまで買うこともなさそうだ。
で、結局、普通の全自動洗濯機を買った。なんと乾燥のときにハーブの香りがつくという(どうもハーブの香りに弱い)。女性が考えたのではないかというシロモノ。それでも配達は1月6日。あと1週間も先・・・。あ~、それまでコインランドリーに通わなきゃ。

そうそう、今年を振り返っていたのでした(><)。

今年もイラクで明けて、イラクで暮れる年でした。イラクに平和が来るまでそれは続くのだろうと思います。最大のヒットはやはりバグダッドに掘った井戸。今年中に8つになるとイラクの友人から連絡が来ました。くわしいことは「命の水」サイトで見てください。
ある女性が言ったそうです。「この井戸を掘ったのはこの国のリーダーに違いない。おバカなアラウィとかジャファりではないわ」と。
21日からから26日まで、ずっと断水が続いていましたが、今回は井戸があったから皆大助かり。だってただで簡単に水が手に入るのですから貧しい人には本当に助かります。

友人はとてもステキなことを書いてきました。
This project proved that kindness is the best reply and reaction against violent.
このプロジェクトは優しさが暴力に対するもっとも最善の反撃であることを証明しました。

井戸を考えたのはその友人です。彼は「イラクの支援」はその資本が次々と何かを生み出すような形でするべきだと言います。それでこそイラク経済が動くようになるのですから。

高遠さんのボーイズたちの仕事も彼の支援で軌道に乗ってきたようで、自立に向けて着実に歩んでいます。
それは本当に嬉しいことです。

政治的には泥沼状態であるけれど、人々の生活は少しずつ動き始めています。井戸といい、ボーイズたちの仕事といい、希望が見えてきます。ほんのちょっとだけど。

来年が良い年でありますように。
[PR]
by reem-akemi | 2005-12-31 00:37 | 日記
2005年12月30日

3名が送ってきた内容証明はさておき、出版中止の手紙を受け取った時点でのリバーベンドプロジェクトは存在しないので、残念だがA社に対して受諾せざるを得なくなった。

12月15日、以下の手紙を4名(C、D、F、細井)連名でA社宛に送る。

*******************************************************************

株式会社A 第一書籍編集部
 部長 ○○○様
       
 先日は私たちのために貴重なお時間を割いていただき本当にありがとうございました。
さて、11月27日に受け取りました『バグダッド・バーニング2 イラク女性が語る占領の日々』の出版中止の件ですが、お申し出のとおり受諾せざるを得なくなりました。
 と申しますのは、私たちリバーベンド・プロジェクトは12月8日をもちまして解散したからです。12月2日以降、ML内で話し合いが行われ、お互い同士が譲りあえない時点まで行き、このような結論にやむなく達しました。
私たちにとって、御社との出会いは本当に嬉しいものでした。当時、著者が実在するかどうか不明なブログを出版することは御社にとってリスクになりかねないことであるにもかかわらず、出版を決断された□社長の懐の大きさに感動したものです。ですから、私たちが前作を批判して反省を求めることなどあり得ず、11月25日付のお手紙にそのように書かれてあったことに驚きました。あの本は担当編集者だった◇◇◇◇さんと協同で作り上げたものだと認識しております。
 今回出版中止にいたったことは本当に残念ですが、御社の決断ですので、いたしかたないことと受け止めております。
 
 出版中止ののち、新たな形で「バグダッド・バーニング2」を御社から出版する場合には、元リバーベンド・プロジェクトメンバーであるC、D、F、細井明美、E、B、Gが権利を有するものですので、全員の同意を得てください。 
 御社のますますのご発展をお祈り申し上げます。
           
                     
2005年12月15日
                   
          ○○県○○○○ 細井明美
          ○○都○○○○ D
          ○○県○○○○ F
          ○○都○○○○ C
*************************************************************
11月24日からちょうど3週目のことである。

ながながとブログで書いてきたが、こんなことを書くのは恥ずかしいことだと思う。それでも書いたのは、こんな少ない人数でもいつの間にか組織の中に権力関係が生ずることを知ってほしかったから。

何よりまずかったのは翻訳が一人に集中したこと。チーム作業であるはずが、いつの間にか「私の仕事」になってしまったのではないか?そんな気がしている。
やはりチーム全体のバランスがそこからくずれてしまってきたように思う。

それから、顔を見ないでメールだけで人の気持ちを判断することがいかに難しいか?どんなにインターネットが流行っても人間関係の構築は顔を合わしてするべきだ。

さらに、組織の人事は他から言われることではないので、その意味からいったらA社がしてきたことは余計なお世話。余計なお世話が余計なお世話として見えなかったところに問題があるような気がする。

組織の分裂はよくある話。。。少々情けないが。

最初に書いたが、このことによって信じるに足る友情が残ったことが私にとってはもっとも幸いなこと。

リバーベンドの言葉はどうするのかって?
リバーの感性にあう人が翻訳してくださることを期待しています。

最後にリバーベンドの詩を。
I'll meet you 'round the bend my friend, where hearts can heal and souls can mend...
友よ、ティグリスのほとりで会いましょう。心を癒し魂を甦らせることのできる街、そこはバグダード...

いつかリバーベンドに会える日が来ることを祈って。
[PR]
by reem-akemi | 2005-12-30 01:25 | リバーベンドプロジェクト

崩壊の過程ー内容証明

2005年12月29日

12月9日、メーリングリストが消え、私たちは心の重しがなくなって本当にホッとした。憎悪にあふれたメールというのは精神衛生上よくないから。B,E,Gにとってもそれは同じだと思うのだが、そうではなかったようだ。

こんな状態から早く抜け出て新しい出発をしてもらいたいもの。

12月12日、彼女たち(B,E,G)から内容証明が届いた。内容証明は法的拘束力はないが、いわゆる相手への「脅し」として使われる場合が多い。例えば、離婚した相手に慰謝料の請求をするときとか・・・。
たとえ受け取りを拒否しても郵便が配達されたという証明にもなるから正式といえば正式な手紙だが(同じものを3通作成して1通が郵便局に保存される)。

しかし、何度も書くが、法的拘束力はない。
だから、下記のように、自分たちが裁判所にでもなったような書き方に正直当惑した。

***********************************************************************
            平成17年12月11日
○○県○○○○
細井明美殿

      差出人 リバーベンドプロジェクト
           ○○都○○○○
              G
           ○○都○○○○
              E
           ○○都○○○○
              B

冠省 貴殿はリバーベンド基金名義の通帳及び印鑑を保管していますが、当該口座(三井住友銀行○○支店普通○○○○○)の執行についてはプロジェクトメンバーの同意の下に行うことと定めています。
メンバーの同意のない当該口座からの引き落とし等、一切の行為を差し止めます。

今後の当該口座からの執行については上記リバーベンド・プロジェクトメンバーの同意の下に行うように要求します。

また、リバーベンド・プロジェクトは上記のメンバーにより引き続き存在しております。解散したなどという中傷を直ちに止め、既に発表した文章は謝罪文と共に取り消すよう要求します。

さらに、翻訳は著作権法により保護されています。翻訳者の許可のない転載・転用改変等を禁止します。

               早々

      この郵便物は平成17年12月11日○○○号書留内容証明郵便物として差出したことを証明します            牛込郵便局長
********************************************************************

手紙はEが作成(割り印がしてあった)。Bの名前で送られてきた。
中途半端な法律の知識ほどやっかいなものはない。

一体誰に見せるための内容証明であるのか?
[PR]
by reem-akemi | 2005-12-29 00:19 | リバーベンドプロジェクト
2005年12月28日

プロジェクトの解散にあたり解決しなければならない問題が3点あった。

1 メーリングリストをいつ閉じるか
2 リバーベンド基金をどうするか
3 バグダッド・バーニングのサイトをどうするか

これらに関して私はプロジェクト内の数人と相談の上、前回のブログに掲載したように処理をすることに決めた。

この処理についてBはDの発言をそのまま使い「私は、細井さんにプロジェクトを解散する権限はないと思います。Dさんの言うように、『個人の出処進退は個人が行うものです』」と書いてきた。
私は一存で決めてはいない。私が相談した人は、この方法しかないと誰もが思っていたのだ。

メーリングリストは、その必要もなくなったので12月8日同日に閉じることにした。

リバーベンド基金を私の手元に置いておくのはヘンなので適当な第三者としてラエドを考えた。彼はリバーベンドとも親しく、イラクにおけるさまざまな人道支援も行なっており、何より彼の実家はイラクでもかなり資産家で基金を生活費に使ってしまうことは考えにくかった。かりに基金をアンマンの銀行においておけばリバーがもし必要なときはいつでも現金化できる。そんなふうに考えたのだ(私はイラクの支援は友人名義のアンマンの銀行に送っている)。

サイトについては、運営主体がなくなった以上存続させることは無責任なので12月10日12時をもって閉じることにした。
そのために保存用ブログを作成。
http://www.geocities.jp/riverbendblog_j/index.html

10日にサイトを閉じるとして、それまでに翻訳を継続したい人がいれば過去ログをダウンロードして新たなサイトの構築をお願いした。
サイトの引越しはよくあることだ。今までのサイトに引越し先をリンクさせておき、飛ぶように設定すればいいのだ。

ところが、12月10日、Gはジオシティのパスワードを変更してサイトをB,E,Gだけの使用にしてしまった。翻訳を続行していきたいのはわかるが、まったく新しいものとして(デザインはそのままでも)出発してくれたらどんなに良かったか・・・。
要するに、彼女たちはサイトをのっとったのだ。
[PR]
by reem-akemi | 2005-12-28 00:53 | リバーベンドプロジェクト

松井やよりさんの命日

2005年12月27日

今日は松井やよりさんの命日。3年前の12月27日眠るように天国に召されました。仏教でいえば三回忌にあたるのでしょうか。

生前に墓地を決め、お弁当をNさん(当時介護していただいた方)に作ってもらい、妹・弟さんたちと一緒にこの霊園へピクニックに来ました。ガンが発見されてからまもなくのことです。本当に楽しそうにニコニコ写った記念写真が残されました。
墓地へ行くといつもそのことを思い出します。一体松井さんはどのような気持ちでここを訪れたのでしょうか・・・。

亡くなるまでの2ヶ月半は、自らの旅立ちの準備に費やされました。生前集めた資料は体の痛みをおして夜どおし整理されていたようです。それは亡くなってから遺品をかたづけたとき初めて気がつきました。項目ごとにきちんと封筒に整理されていたからです。
資料と名刺は活動家としての彼女のもっとも大切な財産でした。

私は毎年、12月27日、松井さんの墓前に一年間の報告をしに行きます。今日は暖かくてとても気持ちの良い日でした。お墓のまわりは落ち葉でいっぱい。ついでにきれいに掃除をしてきました(^^)。
そして大好きだった真っ赤なバラをそなえてきました。

今年も早いものであとわずか。こうして一年が終わろうとしています。
[PR]
by reem-akemi | 2005-12-27 22:00 | 日記
2005年12月27日

私はこの泥沼状態に終止符をうつべく解散を決めた。他の方法が何かあっただろうか?今でもそう考える。

だが悪意に満ちたメールはメーリングリスト全体を悪意に満ちたものに変えてしまう。この関係を切ることが一番良いように思えた。

私は批判されるだろうことがわかっていても、「解散」する方向で決心した。リバーベンドの言葉を日本に紹介してイラクの現状を多くの人に知ってもらうために始めた活動だが、その役目は終わったのかも知れない。翻訳はプロジェクトの専売特許ではない。リバーベンドの言葉を翻訳して紹介したい人がいればそれぞれのサイトで行えば良いのだ。

私は以下のようなメールをメーリングリストに送った。

*******************************************************************
リバーのサイトは、2003年11月、SKさんが発見しました。それが本当にイラク女性からの発信かどうか見てくれといわれて見たのがリバーとの出会いです。間違いなくイラクからのものだと確信した私は、これをぜひ世の中に出そうと、同じく西口で活動しているGさん、Dさんに声をかけさせていただきました。数ヶ月たまったブログを翻訳するのには大勢の翻訳者の皆様のご協力が必要です。そこでCさんにご相談し、MLを通してVAWW-Netジャパンに協力を求める方を探していただくようお願いしました。まっさきに声を上げてくださったのはBさんでした。参加されたと同時にBさんは素晴らしい早さでブログを翻訳され、あまりの素晴らしさに感動さえ覚えたものです。

 一方、まだまだ翻訳者が必要と思い、国連関係のNGOなど広く活動されているEさん、アジア女性資料センターで翻訳をされているOさんなどにお声をかけさせていただきました。VAWW-Netからはその後、Fさん、Iさんが参加してくださいました。

皆さんに翻訳をしていただいている間に、岩波書店に出版化の話を持っていきました。まだブログが一般化されていないときのことなので、どれだけ苦労したかは皆さまよく覚えていられることと思います。

A社から話が来たときは本当に嬉しかったですね。

こんなことを書いているのは、皆様に感謝していることを申し上げたかったからです。この2年間、本当に有意義な時間を過ごさせていただきました。皆様とご一緒したこの2年間の活動は幸せな時間でした。出版も出来ましたし、印税でイラクの支援も出来ました。

 これも皆様ひとりひとりの支えがあってのことだと思っております。一人ひとりがそれぞれの部分で活動することの素晴らしさを感じ、この出会いに感謝しておりました。そして、それは今も変わりません。皆様お一人おひとりの人間性の素晴らしさに私は敬服しておりました。

今回の皆様のお申し出ですが、私は7人そろって「リバーベンド・プロジェクト」だと思っておりますし、このような活動はそれぞれの主体性でなされるものと思っております。

 皆様もそうでしょうが、私も、各自の主体性を認められないほどその関係性が壊れているのなら、プロジェクトそのものが崩壊していると思わざるを得ませんでした。

私がこの間MLへのレスが遅れたのは(千葉へ行って留守をしていたことを除いて)、あまりの皆様がたの私への攻撃的な言葉に恐怖を抱いたからです。私はあのような雰囲気の場へ投稿するほど勇気ある人間ではありません。

私は皆様がたと対立する気持ちも、ましてやケンカをしようという気もありません。一緒にひとつのことをしてきた仲間となぜ対立しなければならないのですか?

皆様にとって大切なプロジェクトであると同時に、私にとっても大切なプロジェクトであり、仲間です。こんなふうに決断をせまられることがどれだけ悲しいことかおわかりいただけますでしょうか。

そこで、本当に残念でたまらないのですが、翻訳者の皆様にお声をかけさせていただき、このプロジェクトの礎を築いたものとして、現在の状況を見、それぞれの意志を汲むと、心ならずも解散という選択を選ばざるを得ませんでした。本当に残念なことですが、本日をもってリバーベンド・プロジェクトを解散いたします。

そして、「リバーベンド・プロジェクト」という名前は誰にとっても大切な財産だと思っていますので、この名前を大切に保持していくために、現在所属するBさん、Gさん、Dさん、Fさん、Eさん、Cさん、細井明美の共有の資産として、今後「リバーベンド・プロジェクト」の名前で活動するときは全員の合意をとることにしましょう。

サイトについては皆様優秀な翻訳者ですので、継続して翻訳をしていきたい人がそれぞれリバーのサイトを翻訳していけばよろしいかと存じます。誰が翻訳してもよいということはSさん(リバーから直接翻訳の許可を得ている)から申し受けております。決してプロジェクトの専売特許ではありません。

リバーベンド・プロジェクトというグループが存在しないのに現在のサイトをおいておくことは無責任なので、数日後に閉鎖するとして、この間に、皆様それぞれ過去ログをダウンロードしていただき新しいサイトを作成しましょう。

すでに印税として入っているリバーベンド基金(40万5千円+3万931円)はすべてラエドのアンマンの口座に預かってもらい、リバーが使いたいときに使えるようにしようと思います(リバーにもその旨連絡いたします)。平和になってみんなでリバーに会うことを楽しみにしていましたが、違う形になってしまうことはとても残念です。

私はこれまで皆様との関係において独断専行でものごとを行ってきたことはありません。いつでも皆様とご相談の上、行ってきました。しかし、今回だけは独断で判断させていただきました。これ以上傷つけあうことを避けたいと思ったためです。

私にとって素晴らしい時間を与えてくださった皆様に感謝しつつ筆を置かせていただきます。皆様のますますのご活躍をお祈り申し上げます。
                              細井 明美
***************************************************************
[PR]
by reem-akemi | 2005-12-27 00:22 | リバーベンドプロジェクト

崩壊の過程ー排除勧告

2005年12月26日

12月6日のミーティングがどのようなことになったのか?12月7日、Eがまとめて報告をしてきた。

以下、原文のまま。
*************************************************
1.リバーベンドプロジェクト、「バグダードバーニング」のサイトは今後も続けていく。
2.細井さんとDさんには、リバーベンドプロジェクトから抜けていただく。 
3.残った者で、A社から本を出せるように努力する。
4.プロジェクトのメンバーを募り、新しい人を積極的に入れていく。
5.話し合い結果について、細井さん、Dさん、Cさんのご意見を木曜いっぱい待ち、もしも異論がなければ了承が得られたものとし、できるかぎり速やかにA社との交渉にはいる。

これまで多くの貢献をしてくださった細井さんとDさんにプロジェクトから抜けていただくというのはほんとうに心苦しいのですが、これは、A社がそれを要求するであろうという理由からではありません 

問題が発生してから、とくに12月2日以降のおふたりの行動からは、A社や本作りに関わって下さっている方々に対してはもちろん、プロジェクトメンバーへの責任感も誠意も感じることができない、このような方々といっしょに、信頼に基づく対等な関係において協力しつつプロジェクトを続けることは、自分たちには無理だという理由からです。


1.に付随することとしては
 ・MLの管理者権限を細井さんからゆずっていただく。
 ・細井さん、Dさんには、MLから抜けていただく。
 ・細井さんが管理しているリバーベンド基金の通帳と印鑑を、残ったメンバーの管理に移す。
 (リバーベンド基金とはリバーベンドとプロジェクトの印税。すべてイラクの人々のために使うと約束しあっていたもの) 
・細井さんのサイトから「バグダードバーニング」へのリンクをやめていただく。「バグダードバーニング」から細井さんのサイトへのリンクもやめる。
 (「バグダード・バーニング」への私のサイトとは、前作を読んだ人の感想を載せたもので、本屋にあまり置いてないことから、それを見て本を申し込んでくる人もいた。彼女たちは、私へのサイトのリンクをやめると、すぐにA社のサイトにリンクをつなげた。これは今もそうなっているかもしれない) 
・「M」(ある雑誌社の情報誌。私はここにイラク関係の連載を書いている)の記事については、今後は細井さん個人の活動報告を書くものに変更するか、中止するか、どちらかにしていただく。

3.に付随することとして 
★A社に提示する対案
 ・訳者名はひきつづき「リバーベンド・プロジェクト」とする。 
 ・窓口は、Bさん。サブとしてE。一本化といわれているのに二人決めたのは、ひとりだと、漏れや誤解が生じやすいため。相談を密にし、報告も共同で作成することとする。
 ・プロジェクトメンバーから細井さん、Dさんをはずす。
 ・あとがきは、12月1日のリバーのブログ冒頭部を引用し、Bさんがブログについて補足説明する。  (あとがきは私が書いていた)
 ・細井さんが担当してくださったコラム、年表は、(細井明美)というクレジットを入れて残す。この案がA社および細井さんから受け入れられない場合は差し替える。  

★今後のスケジュール 
 話し合いに参加されなかった3人の方からの意見を木曜いっぱい待ち、金曜日にML上で話し合いをしてA社に持っていく文書を作成。
 できれば土日に、△△さんに謝罪とともに対案を手渡し、話し合うことができるよう、時間をとっていただく(連絡はBさんがする)。

****************************************************
想像したとおり、「排除勧告」をしてきた。

この勧告に対してCが「新しい組織をつくって新しい出発をなさると解釈します。《略》新たな組織には参加しないことにさせていただきます」といわば脱退宣言を書いたところ、Bから「そう解釈なさるのは仕方ありません。《略》こちらこそ、これまでたいへんお世話になりました」と。これ以降Cからの投稿はなくなった。

またFから「プロジェクトを解体するという犠牲を払ってまでA社から出す意義があったかどうか、迷っています。」との投稿があった。
Fは私とDの意見を聞かないで排除勧告を出していいのかどうか迷っていたのだ。

それに対してBが「天皇の戦争責任を問う人々に対し、『陛下の苦しいお気持ちを考えて云々』、『陛下も苦しまれたのだから云々』とはたから言うのと同じ構図のような気がします。」と言うにいたっては言葉を失った。

Dから「このかんのMLをまとめて読んでみると、プロジェクトのメンバから細井・Dに『排除の勧告』が出されている。『意見を!』と言う一方で、細井・Dを天皇や日本政府にたとえ、同じような意見を言うひとを『天皇もかわいそうと言うひと』だと断罪したりしている。少しでも細井・Dのかたを持つ物言いをするひとにはすぐさま反撃が加えられる。《略》プロジェクトはひとがつくるもので、会則とか綱領がある組織とは違い、基本的に合意のもとに物事を決めていくものです。その原則がなくなったら崩壊です。リバーベンド・プロジェクトは実質的に崩壊していると思います。」との投稿があった。

私は仲間への「排除勧告」が出た時点で、このプロジェクトは終わったと思った。
[PR]
by reem-akemi | 2005-12-26 00:27 | リバーベンドプロジェクト

平和を祈ります

2005年12月24日

今日(12月24日)と明日(12月25日)は「崩壊の過程」はお休みします。

もっと平和な話を書きますね。

ヨルダンに行っている高遠菜穂子さんからの報告の伝聞です。

イラク・ラマディでは今回の国民議会選挙の投票率があがりました。なぜかというと、イラクレジスタンスが投票に行く人につきそって守ってくれたからです。

これは驚くべきことに米軍とイラクレジスタンスとの合意で起こったことで、投票の間、米軍は町に入ることもなく静かに待機していました。ただし、銃声が町なかに響いたら、そのときは町に侵攻するとのことでした。レジスタンスは銃を持たずに町の警備を行い住民は念願の投票に行けました。

さて、町にはいろいろな人がいます。ザルカゥイに影響された若者が二人、銃を持っていたところをレジスタンスに逮捕され、近所の人やら親が激怒し、ロバ小屋に押し込まれました(今でもロバと一緒に入れられたままだそうです)。そうして平和なうちに投票が終わりました。

やれやれ・・・。(^0^)v

米軍は彼らの引渡しを要求しましたが、町の長老はこれを断りました。

ここにはいくつかの事実が見えます。

1 米軍がイラクレジスタンスの力を認め始めた。
2 米軍がいないほうが平和が保てる。

来年にはイラク駐留米軍が15万から13万8千に削減されます。

イラクに一日も早く平和がきますように。
[PR]
by reem-akemi | 2005-12-24 16:09 | iraq
2005年12月23日

12月3、4日はこの問題を保留して旧友と千葉でのんびりとした時間を過ごしていた。

帰宅してPCをあけると私に対するすさまじい攻撃が始まっていた。

まずBが2日の報告を簡単に行っていた。その後、Eが詳しい報告を投稿してきた。社長の言葉から何から実によく記憶していて、私は彼女の記憶力のよさに感服した。ただし、編集上の問題点について話をさえぎられたことには触れていなかった。

二人は2日についてどう思うかということを繰り返し聞いてきた。

私は不在をしたことをわびてから、PCをあける時間が少なくて連絡が遅れた場合はごめんなさいと投稿した。
どういうわけか、このメールにEが怒りを表してきた。責任をとれと言いたかったのだろう。

そして二人は謝罪文をメーリングリストで公開せよとせまってきた。

#[メーリングリストとは、メールを投稿するとそこに参加している全員が同時に見ることが出来るシステム。私たちはリバーベンドの翻訳を日本語サイトにアップするための作業用メーリングリストを作っていた]

トゲを秘めたメールの渦の中に自分の身を置くほど私は勇気のある人間ではない。
そして、今しばらく何が起きているのかをじっくりと考えてみたかった。答えを探していたと言ったらいいかもしれない。

Bは自分と細井の対決ではないと言いながら過去メールを貼り付けて私に対応をせまってきた。

12月5日(つまり私がレスをしてから1日経過しただけである)
Eは、私が無視をしているとして、「もうプロジェクトのメンバーに対して、応答する気持ちを持っていないことがわかりました」と書いてきた。

Eは、私がFにメールを送ったことにも触れ、なぜGにはメールを送らないのかと問い詰めてきた(私が誰にメールを送ろうと私の自由ではないだろうか?)。
そしてそのメール(個人宛)の公開をせまってきた(なぜ個人メールをメーリングリストに公開しなければならないのか?私には甚だ疑問)。

さて、急なミーティングが6日にBの申し出で行われることになった。

12月5日の深夜(正確には6日の1時頃)、Eが「細井さんがプロジェクトにかかわっている限り、本を出すことは難しいのではないかと思う。リバーベンドが人間の信頼関係を大事にしていることを考えると、信頼関係を踏みにじることをなんとも思わない人が、リバーベンドプロジェクトにかかわるのはおかしいのではないのかとも思う」と書いてきた。

2日間レスをしなかったら信頼関係を損ねたと二人は書いてきたのだ。なぜか私はゾッとした。
A社から出版中止の手紙が来たとき、これは名誉の問題だと大騒ぎしたのはBだ。A社が信頼関係を損ねたといえば彼女たちも同じことを言う。

12月6日、ミーティングの日。Dはメーリングリストに欠席の連絡をしようとしたがメーリングリスト内のすさまじさに投稿をためらった(Cはすでに欠席を連絡していた)。私はすでに連絡をする気もなくなっていた。
私もそうであるが、私たちは彼女たち(B、E)のメールが着くたびに吐き気がしていた。

Gが昼頃「このまま黙っていた場合は全件委任(原文ママ)されたと判断します」と書いてきた。(全権委任!!)

黙ってみていたら、あれよあれよと言う間に私とDを「排除」する方向に流れていた。理由はレスをしなかったというだけのことである。ミーティングの結論は出席せずとも見えていた。

A社から出版することが最大の目的だったのだろう。そのために3人(B、E、G)はA社の言っている「対案」-私とDを排除するという結論ーに向かって進んだ。
[PR]
by reem-akemi | 2005-12-23 00:41 | リバーベンドプロジェクト
2005年12月22日

12月2日、私たち(私、C,D,E)はA社の玄関で待ち合わせた。Bは私たちと別に行くと連絡をもらう(実際少し遅れてきた)。

引越しをしたばかりのA社の部屋で、まるで幼稚園のお話会のように円形にセットされた椅子に私たちは腰掛けた。11時だった約束が急遽社長も出席するとのことで予定は10時半に変更された。

○編集長は名刺を私たちに配りながら「今日は事情をお聞きしたいと思っています」と語った。私は「今回は大変失礼なことをいたしました」と言いながら名刺を受け取った。
そうこうするうちに□□□社長が現れ、ニコニコと笑みを浮かべながら椅子に座った。

編集担当者△△がB4の大きさにコピーした私のブログを全員に配った。

それを見つつ、私はすぐに「このたびは私のブログでA社および△△さんの名誉と自尊心を傷つけたことを大変申し訳なく思っております。本当に申し訳ありませんでした」と謝罪を述べた。

□□□社長は、私たちの活動に敬意を感じていると前置きしてから本論に入った。
「謝罪文をいただきましたが、自尊心を傷つけられたというより、ブログに当社への悪意を感じる。文章が感情的で品がない。また訂正されたブログに前のを重ねて読むとまるで当社が金もうけのために行数を増やしているように読める。それは当社への中傷だ」
(訂正したブログについては後に書く)
「出版するまでにいろいろなことがあるが、それでも信頼関係があればそれを乗り越えることが出来る。しかし、このように信頼関係が壊れた段階では出版中止にせざるを得ない」
○編集長がそれを受けて続ける。
「文章は人柄を著すというが、このように悪意に満ちた文章を書く人は信頼に耐えない。このような人と一緒に仕事をするのは無理だ。ところで24日に編集担当者に誹謗中傷したというDさんはどの人ですか?」

Dは答える「24日に〈誹謗中傷〉の言葉を発したと書かれてありましたが、私は言っていません。〈強い剣幕〉で求めたつもりもありません。が、もし△△さんが〈強い剣幕〉と感じられたのなら、そのことについてはお詫びしますが。△△さんにお聞きしたいのですが、私が具体的にどのような誹謗中傷の言葉を言ったのか教えてください」
△△はそれに答えず、書いてきたペーパーを読み上げて、11月24日の事実経過を述べた(それはまったく事実と異なることであったー不思議なことに彼女が話す事実経過とBがML内で書いてきた事実経過とが重なる)

すなわち、行替えに関しておたがいに誤解があったことがわかったので、(Bと)ひとつひとつつき合わせて検討していこうとしたら、それを細井に止められた。そのあと細井とDから「すべてもとに戻してほしい」と要求され、誹謗中傷も受けた、と発言した。

ー事実は、行替えの齟齬がわかったのは私がひとつひとつ詰めていこうと話したあとだ。△△はBに送ったというメールをプリントアウトして持ってきたのだ。

私はウソを平気で読み上げていく彼女の顔をじっと見ていた。なんでこの人はこんなウソをつくのだろう?

11月24日に彼女が言っていた言葉を思い出した。
「編集部で反対されたのを私が出版させてあげたのに」
そう・・・。彼女は自分のおかげで出版の企画が決定したのだと言った。

私は「24日のことについては事実が違う」と発言した。
すると△△△社長は「言った、言わないはもうやめましょう。それよりもこれから先のことを話しましょう。当社が納得する『対案』を皆さんが持ってきたら、そのときに出版を検討しましょう」

と言うと、○編集長が「じゃあ、今日はこれで」と終わりを告げた。
そして私たちに「代表が誰、窓口が誰、と組織なら組織らしく、ちゃんと決めてきてください」と気難しい顔で言った。私たちは結局ここにいたる事情を何も説明できずに終わった。

私はA社が何を求めているのかが見えた。
そして、それは誰もがそのときにわかっていたのだ。

帰り道、私とC,Dはこれからのことを話しあった。
本を出すことを前提にするなら、とりあえず私とDの名前を消して出す方法はないだろうか?
それにはプロジェクト内刊行委員会のようなものを立ち上げたらどうだろうと。

それにしても、もう少し冷静になって考えてみようということになった。私たちにとって一番大切なことはリバーベンドの言葉を人々に紹介していくこと。つまり、サイトの継続が一番大切なことであると。
[PR]
by reem-akemi | 2005-12-22 00:47