毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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水俣から

水俣病は子どもごころにショックな病気だった。魚を食べ続けたネコが踊り狂って死ぬということを想像しただけで胸が痛み、さらに魚を食べた女性の胎内でその影響を受けた赤ん坊に水俣病が発症するということにも恐怖を覚えた。

水俣病がチッソから排出される水銀が原因だとわかり、「公害」という言葉が世間に知られるようになるまでどれだけの時間がかかっただろう。

以下に水俣を知る手がかりとして土本監督の映像を紹介する。

「水俣ー患者さんとその世界」(監督 土本典昭)
http://www.cine.co.jp/works1/list/70_2.html

下記は、今は亡き丸木位里、俊さんご夫婦が水俣の絵を描くまでの作品。私はこれを2年ほど前にアテネ・フランセで観て感動した(こういう素晴らしい作品が昔はあったのですよね)。

「水俣の図ー物語」(監督 土本典昭)
http://www.cine.co.jp/works1/list/80_3.html

さて、この水俣で、産廃最終処分場が出来ようとしている。過去の教訓は何だったのか?
水俣からの処分場反対運動を支援するための緊急要請を貼り付けます。
******************************************************************
突然水俣からお願いを申し上げます。ご賛同くださるかたは、以下にご署名いただき、FAXまたはE-Milにて、送りかえしていただけると大変うれしく存じます。状況は大変厳しく、一刻の猶予もありません。不躾なお願いではございますが、どうぞよろしくお願いいたします。
FAX   0966-63-2980
  E-mail http://blogs.dion.ne.jp/hope/archives/amazon21@galaxy.ocn.ne.jp
お問い合わせ  0966-63-4140   
本願の会事務局  金刺潤平

 私は、趣旨に賛同しここに署名いたします。

ご署名(       )

ご住所 

お電話番号

*何かメッセージがございましたら、一言、お願いします。

******************************************************************

以下に石牟礼道子さんの文章を貼り付けます。

水俣から生類の邑(むら)を考える
    ーーー産廃最終処分場反対の立場から
                          石牟礼 道子

 まことにぶしつけでございますが、再び水俣から緊急のご報告をさせていただきます。さきの第一信で略述しましたが、産業廃棄物最終処分業者、IWD東亜熊本(小林景子社長)と東亜道路工業東京(柴田親宏社長)が水俣川源流の山林を買いしめ、広大な処分場を造ろうとしています。そこは、水俣市民にとって命の水である水源地です。上流の村々ではその湧水を朝夕直接頂いて来ました。古くから地域住民の湯治場である「湯のつる温泉」もあります。

 ことが判明したのは、昨年三月、最終処分場建設のための環境影響調査の方法書の縦覧が始まったからでした。江口隆一市長はなぜか中立の立場をとり、そのじつ、産廃処分場が来るのは既定の事実であるかのように、「世界最高の技術でやってほしいと約束した」と公言しています。発表する前に、他にも約束したことがあるのでしょう。

 水俣病発生の頃、チッソの科学技術は世界最高水準といわれていました。いたいけな者たちがまず襲われ、赤んぼたち、少年少女はいうに及ばず、働き盛りの大人も長老たちも、宙を掴みながら顔をあげかけ、倒れてゆきました。胎児性の人々は、生まれてこのかた座らない首をもたげようとして、日々挫折をくり返し、その苦悶に満ちた視線の先を見とどけた者はおりません。

 水俣病公式確認から五十年とは、今もうつつに続いている無念の日々をいいます。当地の年月を考えれば、野ざらしにこそなっていませんが、死屍累々です。そんな中で市民はゴミ分別日本一を目指してやって来ました。

 水銀埋立地の処理も完全ではない五十年の歳月。昨年十月の関西訴訟最高裁判決のあと、当初の予想をはるかに上まわる潜在患者が認定を求めて名乗り出、はや三千二百を超えました。

 怨念ただならぬこの現場に、さらに正体不明の産廃ゴミを持って来ようとは。どこから出発してくるかわからない大型ダンプカーが一日二〇〇台から三〇〇台もゆき来する人口三万弱の水俣。街も家々もがたがた「がぶり倒される」と水俣市民や胎児性の人たちが心配しています。ダイオキシンなどの焼却灰で洗濯物は汚れ、茶畑、ミカン園は黒ずみ、近年台所の人気者になったサラダ玉ネギなどの安全性は失われるでしょう。

 なぜ、水俣が引きうけ手のない産廃最終ゴミの「受け皿」にならなければならないのか。飲み水は環境ホルモンやアスベストなどに汚染されるおそれ充分です。天と地の最後のめぐみであった天然の湧水にまで毒を注入するつもりか。湯のつる温泉の裏手の山々をぞっくり刳り抜き、ぞんぶんに投棄されるであろう有毒ゴミ。市民がついていて一台々々検査するわけにはゆきません。心優しい運転手が乗っているかもしれないけれど、怪しいダンプカー。

 いったいどれくらいの致死量が不知火海に流されたのか。いまだに全容が明らかにされていない水銀の非人間性と、使用者たちの犯罪性。水俣病五十年とは、企業と行政の証拠隠滅の期間でもありました。
 最近いとけない少女たちがあやめられる事件が相つぎ、世をあげておどろき、悲憤と哀悼の声が満ち満ちています。当たり前です。

 ところで、何十人、何千人単位でむごい死をとげる社会的事件がありますのに、公害と名がつけられれば、一人一人の死のいきさつは行方不明になり、外側にいる者たちの心は痛まない不思議さ。

 ここに産廃最終処分業に直結している東亜道路工業、柴田親宏社長のことばがあります。水俣の市議団が土地利用と計画地の変更を求めて、要望書をたずさえて行った時のことです。(本年七月二七日)

 「水俣病は五十年経っているが、いつまでやってもしょうがない。水俣も新しいことをやったらいいのではないか。これくらいは(産廃場計画に)協力してという意味ではやりますが、撤回せよというのであれば、そのきちんとした納得のいく理由とこれまでの経費に対する弁償分はいただくことになる」

 議員団を田舎者とみてふんぞり返っている様子まで伝わる言葉です。

 ほんの少しだけ元気な潮もはいって来ている不知火の渚。ざっくざっく採れていたアサリも死にました。ハマグリもマテ貝もサクラ貝も大きな三味線貝も月日貝も宝貝も、巻き貝のたぐいもいなくなりました。隣の有明海でも毒をためこんでいるから食べるなとささやかれています。小川もなくなり、フナもエビもウナギもシジミもいなくなりました。田んぼのタニシもおりません。ゆゆしき事態です。食の安全どころか、種の絶滅がすぐそばに来ています。人間もです。人間が
やったのです。貝とりは子どもの磯あそびでした。なくなりました。山あそびも川あそびも。

 今の子どもたちの無選択な殺意をどう思われますか。人間環境の激変と、えたいのしれぬ毒物に子どもたちの脳が犯されているのではないか。水俣で起き、今も続出している多様な出来ごとは、これからの日本を予告していないでしょうか。水俣にかろうじて残っている救いは、人の心のやさしさです。

 水俣川の川口に立って考えます。南の高みに矢筈山が見えます。中腹あたりの湯のつる川の源流から川口まで十・五キロ、水俣市街のやや左を突っ切っておだやかな川があります。この川がなんと豊かな恵みを人々にもたらしていたことか。先祖代々、心も体も養ってもらいました。死者たちの形見の声を少しばかり綴ってみます。

 沖から見れば、川口の大廻(うまわ)りの塘(とも)はうねうね動きよりました。芒の穂の光って。野菊の花々も綴れて。狐の眷属たちの往ったり来たりして。貝採りにゆく時は人も狐も顔なじみで。顔見ればどこの狐かわかりよった。所の顔がございますよな。向う縁(べた)の天草狐は長崎系統で鼻筋のすうっとして。猿郷狐は小柄で猫のごたったですよ。鳴き声にも、所の訛のございます。狐同士で後(あと)先見とて遊び遊びゆきよりました。「今日はどこゆきな」と声かけますと、「はい、よか磯ゆき日和で」と返事しよりましたよ。

 湯のつる狐はひとめでわかりました。ひげの光って威厳のあった。山の神さまの代理もして、祭の神官さんもするそうで。祭といえば、大廻りの塘の薄っ原が広々なぎ倒されている時、ゆうべはあのひとたちの祭じゃったとわかります。狐といわず、「あのひとたち」といいよりました。

 思い出しました。「しゅり神山」はもと「あのひとたち」の山でございました。大廻りの塘の一番先で、今はチッソの山になって、しゅり神さまも「あのひとたち」もおりません。何百匹のものたちが、天草目ざして舟で渡ってゆきましたことか。
 「宇土(うと)のすぐり藁」という名の狐もいました。病気の百姓が頼めば、宇土から飛んできて、刈り跡の稲を一と晩に三反分くらい「すぐり」取ってくれていたそうです。宇土は二百キロばかり海の向うです。

 地域住民と山や海辺の「あのひとたち」とは、今もゆき来があります。このような「民俗」が失われてしまう日本は、さらにぎすぎすした国にならないか。
 湯のつる温泉の裏山一帯をぞっくり刳り抜き、産廃最終ゴミ(処分場全体の広さ、水銀埋立地の約二倍の九十五万平方メートル、埋立容量、四百万立方メートル)を埋め込むとなると、市民の飲み水を奪い、神秘な「あのひとたち」の棲み家をたたきつぶすことになります。ミナマタは受難のゆえに日本人の原郷となり、残された生類の邑(むら)になりました。

 森と水を守れという気運が心ある人々の声となってきた今、惨酷な運命に呻吟してきた水俣の、残された命の水までも平然と毒化するおつもりか。IWD東亜熊本と東亜道路工業東京とは、よっぽど冷血で非情なサディストだと思います。
 ご自分もご両親も、さらには村ぐるみ発病している杉本栄子さんは、この五十年間に惨死した死霊たちを、一人残らずよび寄せるとおっしゃって祈っておられます。ゆきどころのないたくさんの霊たちが、どういう気配となって現れてくるか。人の一念というものは案外おそろしいものです。

 「水俣病発生当初、何もしなかった」と自ら名乗る人々が中心になって、産廃最終処分場反対市民連合が発足しました。
 民族の精神性が決定的に失われるこの危機、ゴミを出さないゼロ・ウェイストの方向を探るとともに、再び水俣のゆく末をお考え願いたくペンをとりました。ご支援を切にお願い申しあげます。

平成十七年十二月

注 水俣病認定申請者数 二万人以上
水俣病認定患者数  約二三〇〇人

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by reem-akemi | 2006-02-28 09:52 | 政治・経済・国際情勢
今日、NHKニュースを見ていたらバグダッド支局の記者がイラクが内戦状態だという報道をしていた。

それはいいのだけど、内戦にいたる経緯が違うように思った。彼はバドル軍団のことは一言も言わず、シーア派がスン二派の攻撃に耐えているかのような報告をしている。つまり、イラクレジスタンスとザルカウィ一味の区別も出来ていず、イランの影響を受けたバドル軍団およびマフディ軍の説明もない。
アスカーリモスクを破壊したのもスンニ派の行為と言っているし、サマッラがシーア派の町であるような説明をしている。
これを見た日本人はスンニ派レジスタンスをテロリスト集団だと思うに違いない。

バグダッドにいながらどんな情報を集めているのだろう…。パレスナホテルの中にいて、米軍の情報ばかり聞いているからそんなことになるのだ。

それはそれとして、昨日、アル・アラビヤの女性キャスターが殺された。BBCによると、彼女を含めた放送スタッフ3人は公衆の面前で群集の中から現れた2人の男に引きずられるように拉致され、その後、穴だらけの死体が町はずれで発見された。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4743050.stm

アル・バスラネットでは、このニュースを以下のように報道している。

シーア派第十代イマームのアリー・アル・ハーディー聖廟の黄金ドームを爆破したのは、イラク警察が逮捕したイラン人二人だが、イラクのスーラーグ内相が現場に到着した直後に二人の釈放が命じられた。この場面をアル・アラビーヤ衛星テレビ局の女性キャスターのアトワール・バハジャットさんたちスタッフが撮影したが、撮影後危険を感じ北のドール方向に逃亡した。

 だが特殊部隊など内相の追っ手がドールに到着し、かろうじて逃げ出せた一人を残して取材スタッフ全員が殺害され、撮影済みのビデオテープは押収された。この殺害場面を家の中から目撃していた複数の女性が拘束された。地域住民が報道陣に証言しないようにとの脅しだ。

 聖廟爆破でイラン人が果たした役割を知っている虐殺現場から逃げ出したテレビ局員が真実を暴露する前に捜索して殺害するために、ドールは現在包囲されている。

「みざる、いわざる、きかざる」が生きていく方法?
もし、こういう状況になったら、私は暴力に弱いから自分の行動に自信がない。だから大きいことは言わないけど、でもすこ~しだけ「勇気」を持っていたいとは思う。
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by reem-akemi | 2006-02-27 09:55 | iraq

Baghdad Burning 緊張…

バグダッド・バーニング by リバーベンド 2月23日を送ります。

情報によると、この状況下、バグダッドの治安はシーア派のマフディ軍、バドル軍団にまかされ、米軍は何もせずに見ているという。想像してみよう。カラシニコフを持った黒マスクの男たちが街を闊歩しているのだ。異常としかいいようがない…。交通警官さえも逃げ出したという。

ルワンダの悪夢を思い出す。ルワンダではラジオから流れる言葉(「高い木を切り倒せ」だったかしら?)を合図にツチ族の大量虐殺が始まったのだ。

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2006年2月23日木曜日

緊張…
バグダッドの状況は最悪

スンニ派がたくさん住んでいるサマッラ-で今朝大きな爆発があった。スンニ派にとっても、シーア派にとってもモスクは神聖な場所であるが、サマッラ-はイラクでもシーア派が訪れる最も大切な場所のひとつとされている。サマッラーは、多くのイスラム教徒と歴史家から、神聖な都市であるとみなされている。なぜなら、アッバス朝のカリフ アル・ムスタッシムにより、バグダッドの後、アッバス朝の首都としてつくられたから。

「サッマラー」という名前は「見る者すべての喜び」という意味のアラビア語ー「Sarre men ra’a」の句から引用されている。サマッラーは当時どこにも負けない最大規模の街をつくろうという計画のもとアル・ムスタッシムにより命名された。それには、この町を見た者すべてに喜びが訪れるようにという意味がこめられている。60年間にわたってアッバス朝の首都だったが、その後、都がバグダッドに移されてもなお、サマッラーは代々のカリフの保護のもとに栄えた。

今日爆発で破壊されたモスクは、12人のシーア派イマームのうちの2人、サマッラーで亡くなったといわれているアリ・アル・ハーディ(父)とハッサン・アル・アスカーリ(子)の埋葬地であると信じられている大切な「アスカーリ・モスク」だ。モスクの場所そのものが、アリアル・ハーディとハッサン・アル-アスカーリが、埋められたところと信じられている。多くのシーア派が、アル-マフディ‘muntadhar(救世主)'が再び復活し、このモスクから甦ると信じている。

戦争前--数年前--モスクを訪れたことを思い出す。私たちは、有名な"マルウィーア"塔を見るためにサマッラーを訪れた。だれかが、アスカーリ・モスクも訪れようと言い出した。私は、そのときジーンズとTシャツというモスクに不向きな服装だったので、気が進まなかった。私たちは、街の小さな店に立ち寄って数枚の手ごろな黒いアバヤ[裾の長いコート]を購入して、モスクに向かった。

太陽が沈みかけた頃、私たちは到着した。私はモスクの外にたたずみ、金色のドームと複雑なミナレット〔イスラム教の細長い塔]に見とれたことを思い出す。モスクは夕日をあびてキラキラと、オレンジ、金、白、無数の色で光り輝いていた。この世のものと思えないほどの眺めで、周囲は平和と静寂に満ちていた。そこには、通常、宗教的な場所にありがちの雑踏と騒音もなく、私たちは本当に素晴らしい時間を過ごした。モスクの内部も素晴らしく、手のこんだアラビア文字、黄金、平和な雰囲気…。私は参拝を決めたことに感謝した。

私たちは今朝、イラク治安部隊の制服を着た男たちがモスクに入ったというニュースで目が覚めた。起爆装置が爆発し、ほとんど修復し難いほどモスクは破壊された。胸が張り裂けそうなほど痛ましく、恐ろしい。朝からずっとバグダッド中で銃撃の音がしている。近所の通りは不気味なほど静かで人影もない。静まりかえっているけれど、皆、刃の上にいるような緊張の中にいる。バラディヤのような地区では暴動と破壊などの問題が起きたことを聞いた。バグダッドのいくつかのモスクも攻撃された。誰もが不安に思っているのは、起こるのを待っていたかのように反応がとても迅速だったこと。

午前中ずっと、私たちは、シーア派とスンニ派の宗教指導者がともに、爆発について、「これがイラクの敵が望んでいることー即ち彼らが達成しようとしている分割と征服だ」と強調しているのを見たり聞いたりしていた。シーア派過激派はスンニ派過激派を非難している。イラクは外国の占領者と国内の狂信者に引き裂かれ、バラバラに壊れていくように見える。

通りがほとんど封鎖されたので、今日、仕事に行く者は誰もいない。状況は最悪だ。このような緊張感を抱いた覚えはいまだかつてない。皆、ひたすら静観し、待ち続けている。
内戦の噂はたくさん聞くが、私が知っているスンニ派、シーア派の人々からその可能性は信じられない。教育を受け、教養のあるイラク人は互いに敵対することに慄然とし、あまり教育を受けていないイラク人さえ、これがさらに大きな不幸への小さな前触れであることに気がついている…。

いくつかのモスクがマフディ軍によって占領された。そして、バドル軍団はいたる所にいる。明日は、仕事にも大学にも、もう誰もどこへも行かないだろう。

人々は、おびえ、用心している。私たちに出来るのは祈ることだけ。

リバー@午前1時21分

(翻訳 細井明美)
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by reem-akemi | 2006-02-25 09:56 | バグダッド・バーニング
リバーベンドが2月23日をアップしました。

昨日、サマッラのアスカーリモスク(黄金で出来ている)が破壊されこなごなになり、怒ったシーア派の人々のデモがいたるところで行なわれています。
バグダッドでもサドルの写真をかかげた数千人のシーア派のデモがありました。

これらに関することが書かれていますが、バグダッドの街は内戦前のような感じ。

このモスクは100年前に建てられたイラクでも貴重な建物。こんなことをするのはアメリカに決まっているのに…。冷静になってほしい。

破壊されたモスクの写真(BBCニュース)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/in_pictures/4743624.stm

翻訳にしばし時間がかかります。
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by reem-akemi | 2006-02-24 09:57 | iraq

シーア派

リバーのブログで気になっていたことがあった。

2月11日の記述の以下のところだ。

私は強い光になれてきたので目を細めてみると、彼らが目と口だけ開いたマスクをかぶっていることに気がついた。

イラク国境警備隊は多国籍軍のお下がりのスタイルだったはずだ。リバーの記述では、治安部隊のスタイルはまさに銀行強盗を思わせる。ま、やることは泥棒だから同じようなものだけど。

それでバグダッドにいる友人に聞いてみた。

Q「治安部隊はどのようなスタイル?警官風それとも黒マスク?」
それに対して、彼はこう答えてきた(私がバドル旅団と聞いていないにも関わらず)。
A「バドル旅団は、治安部隊であれ警官であれ、黒マスクで顔を隠している。なぜならザルカウィ、サダム軍(サダム・フセイン)に顔を知られたら、本人および家族に危険がおよぶから」

そうか。リバーを襲撃したのはバドル旅団だったのかと納得。だが、米軍が周囲を包囲していたという記述に疑問がわく。
先ごろアメリカはイランの介入に危機感を抱いているというニュースを聞いたばかり。ジャドリヤ地区の秘密刑務所を解放したのも米軍だったはず(この刑務所は内務省の管轄)。

米軍は一方でバドル旅団の治安部隊と一緒にスンニ派狩をして、他方でスンニ派の囚人を解放する。
矛盾に満ちたその行動から考えられるのは①米軍の指揮系統がバラバラ、②秘密刑務所の解放はポーズ(いまさら正義の味方を演じても無理)

いずれにしてもアメリカのイラク占領は末期に近づいている。アメリカにシーア派を抑えることは出来なくなった。

シーア派のムクタダ・サドルがイランを訪問したあと、先日はヨルダンを訪れ親交を深めている。そのキーワードは「反米」。

バグダッドの町は空き家が増えたという。3月になれば砂嵐がやってきて、春が目の前だというのに…。
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by reem-akemi | 2006-02-22 09:58 | iraq

民が代

幼いとき、「君が代」をお相撲の歌だと思っていた。なぜなら「君が代」は、常にNHKの相撲番組の最後に流れていたから。

学校に通うようになって「君が代」という歌が特殊な歌であることを知った。特殊というのは、旋律からも感じた。一番初めの出だしの音が難しい。母音をひっぱる。

きぃみぃがぁよぉわぁ、ちぃよぉにぃい~、やぁちよにぃ~、さぁざぁれぇ、いぃしぃのぉ、いわおとなぁりてぇ~、こぉけぇのお、むうすぅまぁ~~でぇ~

はて、これが、

君が代は、千代に八千代に、さざれ石の巌をなりて、
苔のむすまで

と知るまで数年を要したが、今度は意味が難しい。

君(天皇)の御世(治世)は、永遠に、それこそ石に苔が生えるまで続きますように

というような歌であることを知ったのはずいぶんたってから。
その意味を知ったときから、私はこの歌を歌わないことにした。なぜなら、日本は国民主権の国であり、この歌を国歌とするのは間違っていると思うから。

それ以来、私はこう歌う。

民が世は千代に八千代に、さざれ石の巌となりて、
苔のむすまで

旋律も好きでないので、この歌を唄うことはめったにないが・・・。

卒業シーズンになり、今年も君が代の強制が始まる。
君が代を歌わせることが目的ではなく、権力に屈服させることが目的なのだろう。子どもたちはそういう教師の姿を見て、漠然と「権力」の怖さを知るのだ。
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by reem-akemi | 2006-02-20 09:58 | 政治・経済・国際情勢

みたび共謀(狂暴)罪

またも「共謀罪」が通常国会で審議されようとしている。
http://www.asahi.com/national/update/0215/TKY200602140476.html

与党が民主党に修正案を提示して協議したと報道された。ところがこの修正案、かかる法律はやはり600以上と、修正案といいつつ与党のごまかしがある。

詳細は「共謀罪ってなんだ?」のサイトを御覧ください。
http://kyobo.syuriken.jp/syuseian.htm

「共謀罪」が治安維持法の形を変えたものであるといわれているので治安維持法が実際どのようなものであったのかを検索してみた。
すると、以下のようなサイトがあり、なんということもない話で多くの人が警察にひっぱっていかれたことがわかった。治安維持法で検挙された数は8万人。
いまや、チラシをくばっても、公衆トイレに落書きしても検挙されるから、次第に戦時中と変わらなくなってきている。私たちの自由に物言う権利を守るためにも、このような法案を絶対に通してはならない。

#それにしても三度目の国会審議。与党はイカレテいる。もの言わぬ国民をつくろうなんてとんでもない話だ!

法政大学原社研流言飛語の取り締まり
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/senji2/rnsenji2-122.html

この中でいくつかを引用すると、治安維持法の恐ろしさがよくわかるだろう。それと同時に庶民感覚の当たり前さもよくわかる。

(以下、引用)
和歌山・農業・五二歳――「今年は百姓は悲惨なものだ。連日の降雨のため麦や罌粟は皆腐ってしまった。これは今度の戦争で死んだ兵隊さんの亡魂が空中に舞っているから、その為に悪くなるのである。戦争の様なものはするものではない。戦争は嫌いじゃ。」(理髪店で話す、同年五月警察犯処罰令で科料一〇円)

岐阜・畳職・五二歳――「こんなに働くばかりでは銭はなし税金は政府から絞られるし全く困ってしまった。それに物価は高くなるし仕事はなし、上からは貯金せよといって絞り上げる。実際貧乏人は困っている。よいかげんに戦争なんか止めたがよい。兵隊に行った人の話では全く体裁のよい監獄じゃそうな。兵隊もえらいしええかげんに戦争は止めたがよい。日本が敗けようと敗けまいと又どこの国になっても俺はへいへいといって従っていればよい。日本の歴史なんか汚れたとて何ともない。」(或一人に話す、同年九月、陸軍刑法第九九条違反で禁錮六ヵ月)

群馬・農業・四五才――「日本もハアどうすることもできなくなってしまっただからね、皇族だっても我々と同じ国民ではないか、宮様の御祝儀だなんてあってこともない騒ぎをして一体皇族なんてものは何をして食っているんだべ。」(同一〇月、区長宅の常会席上、二二名の前で発言、一一月不敬罪で送局)

福島・農業女性・三八歳――「国家なんて虫の良い事ばかりするものだ。足袋もなくて働け働けといわれても仕方がない。それに増税だ何だと是では百姓がやりきれない。是も戦争がある為だから戦争なんて敗けてもよいから早くやめて貰いたいものだ。」(一九四〇年、厳諭)

福岡・理髪業・三一歳――「皇軍兵士が戦死する場合無意識の間に天皇陛下万歳を叫んで死ぬ様に新聞紙に報道されているが、それは嘘だ。ほとんど大部分の者は両親兄弟妻子恋人等親しい者の名前を叫ぶということだ。」(数名に話す、同年一〇月、陸刑九九条で禁錮五ヵ月)
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by reem-akemi | 2006-02-19 10:01 | 政治・経済・国際情勢

ジャーヘッド

2月11日、「ジャーヘッド」を観た。
http://www.jarhead.jp/top2.html
原作は「ジャーヘッド/アメリカ海兵隊員の告白」、全米ベストセラーの作品だ。http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/475720972X/qid=1140103032/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/503-3520034-6604721

ジャーヘッドとは海兵隊の坊主頭がジャーに似ているという意味もあるが、要は「空っぽ頭」という意味でもある。海兵隊はご存知のように斬りこみ隊だから、理屈抜きで戦わなければいけない。それは、常に「空っぽ頭」にする訓練だ。

18歳の主人公、スオフォードは海兵隊にあこがれて入隊する。映画はその彼が教官に殴られ仲間から苛められ、海兵隊に入ったことを後悔するシーンから始まる。
こういうシーンを観るとどうにもその非人間性にゾッとする。人を殺すことの出来る人間を作る「軍隊」という組織になじむことは決してないだろう。

スオフォードは狙撃に熱中し、次第に「兵士」となっていく。乱暴に言ってしまえば、「兵士」とは闘争本能ばかりギラギラした頭がからっぽのオスになること。どれもイカレテる。

印象的なシーンが2つ。一つは、黒人の曹長がイラクの燃える油田を見て、「海兵隊にいることを毎日、神に感謝している。こんな景色がほかで見られるか?」と戦場に生きることに生きがいを見出している場面。戦場が持つ緊張感は平凡な人生からは考えられないほど魅力的なのかもしれない。人間の底深い怖さを見る。

もう一つは、スオフォードが砂漠を越えると、そこに焼け爛れたイラク人の車両がはるか彼方まで続いている場面。イラクから逃れようとした人々を米軍は情け容赦もなく攻撃した。あの有名な道路の再現だ。炭化したイラク人たち。実にリアル。

結局、彼は誰も撃つことなく戦争が終わり、帰国する。Happyな人。でも、彼は書く「ジャーヘッドは皆、殺し、死ぬ。それはいつでも僕自身だ。僕らは今も、砂漠にいる」

映画館を出ると、池袋には機動隊がたくさんいた。豊島公会堂で右の人たちの集会があったから、そして同じ時間に反天皇制の人たちの集会もあったから。遠くでガァガァと街宣車のスピーカーの音が聞こえてきた。豊島公会堂の前を通ると、「帝國海軍」の帽子をかぶった老人が歩いていた。胸に日章旗のバッヂをつけたものも。

戦争が大好きなジャーヘッド?頭の中は戦争をしているのかも・・・。
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by reem-akemi | 2006-02-17 10:02 | 日記

今日の私

ずいぶん前から左の手がしびれるようになってきた。時々マッサージを受けるのだけれど、なかなかよくならない。

パソコンに向かって原稿を書いているといつの間にか5~6時間はそのままの姿勢なので、それが原因かなと思ったりもしていた。

枕を変えたり、水泳をしたり、いろいろ工夫をしてみたが、日に日に痛みがましてきて、ついに今日、ペインクリニックを訪れた。

医師は私の頭を上から押し、あちらこちらに曲げ、レントゲンを撮ることに。
レントゲンの前でも、やはりあっちを向いたりこっちを向いたり。

その結果、私の首がまっすぐであることが判明。首は少し前に曲がっているのだそうな。曲がることによって頭の重みを分散することが出来るのだけれど、まっすぐなので頭の重みが全部肩にかかってきていた。おまけに首の間のクッションのひとつがつぶれている。医師の説明ではクッションがうしろに飛び出しているのではないかと。それによって首にある神経が圧迫されて腕、背中に痛みがあるとのこと。

なるほどねぇ・・・。首は生まれつきのようだから直しようがない(ムムム・・・)とのこと。

10年も前、耳に水が入るとなかなか取れないので耳鼻科で聞いたら、耳の穴が曲がっていると言われたことがあった。人間、完璧な人はいないから工夫するっきゃない。

それで、首を伸ばすリハビリをすることになった。ついでに右腕があがらないのでその治療も。

リハビリの先生は私の腕を取ると、上と下で軽くねじった。ねじった形で数分じっとしている。
私「念力ですか?」
先生「あはは。念力でも気功でもないよ。これは○○法というちゃんとした治療法だよ」

#○○法を聞いたのだけど、よく憶えていません。
なんでも筋肉の記憶を変えるとか。

それから首をひっぱる機械の前に座ると、
先生「初めてだから6でいいか・・・」とか言いながらスイッチを入れた。
あらら・・・。首というよりほっぺたが上に。これって”小顔”になるかしらなんて。10秒ごとに持ち上げられて10分。今日のリハビリはオワリ。

ここまで書いたら首と腕が痛い。。。
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by reem-akemi | 2006-02-16 10:12 | 日記