毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
カレンダー

<   2006年 07月 ( 14 )   > この月の画像一覧

「Suite Francaise」

2006年07月31日

「Suite Francaise」という本が作者の死後60年たって刊行された。
http://www.amazon.co.uk/gp/product/0701178965/026-4530681-3199601?v=glance&n=266239

まだ日本語版は出ていないが、日本語タイトルをつけるなら「フランス組曲」。作者イレーヌ・ネミロフスキーはロシア革命でウクライナからフランスに逃れた裕福なユダヤ人家庭に生まれる。20代で作家として有名になるがナチスのフランス占領後本名で作品を発表できなくなり、42年にアウシュビッツに送られ、5週間後、39歳で亡くなる。

この本は2004年にフランスで出版され、現在25カ国言語で翻訳されている国際的なベストセラー作品。日本語版の刊行が待たれる。

作品のテーマは占領下に生きる人間たちの赤裸々な姿。決してユダヤ人差別を描くものではないらしい。らしいというのは、まだ読んでいないから。

この本を手に入れようと日本・アマゾンを検索したが見つからなかったのでイギリス・アマゾンから購入した。それが最初に書いたURL。ところが今日日本のアマゾンを検索したらやっと出てきた。ふぅ~、もう少し待てばよかった(^^;)

5日ほどで到着した本を見て思わず声を上げてしまった。なんて美しい本なのだろう!大きさはB5版くらいであろうか。カバーをはずすとブルーの本が出てくる。日本の本の装丁が幼稚なのものが多いので、大人っぽさが新鮮だった。

そう。なんでこの頃の本の装丁は幼稚なのだろう。もっとも装丁だけではないが…。編集が全体に幼稚だと感じたのは昨年のブログにも書いた(とんだ尾ひれがついたが)。でも、よく考えると本だけではないような気もする。映画も幼稚な作品が多い。人間のうわっつらをなでるだけのものが多く、つまらない。

上質な文化を感じさせるものがないというのは末期症状かもしれない。

私が「Suite Francaise」になぜ惹かれたのか?精神が荒廃していく時代にどのように生きていったらいいのか。その手がかりを求めているような気がする(自分のことなのに他人ごとのよう)。それは、私がリバーベンドに惹かれていることと重なる。
戦争あるいは占領のもとで、どのように知性を保つことが出来るのか。どれだけ人間らしく生きることが出来るのか。
私は、彼女たちの生き方に自分の生き方を模索している。
[PR]
by reem-akemi | 2006-07-31 01:54 | 日記

Ghetto 

2006年07月30日

イラクでゲットー化が進んでいるという。
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/D55F3D49-AFBF-484D-B99A-587B6D386B28.htm

サマッラのアスカーリ・モスクが爆破されて以来、26,858家族、およそ16万人の人々が家を失い難民化している。
そして、イラク全体に宗派による分離が進み、シーア派はスンニ派が出ていった家に、スンニ派はシーア派の家に、それぞれ交換して住んでいるという。

いまや、スンニがたくさん住むアブグレイブではシーアが出ていった家がうち捨てられている。なぜこうなったかというと、違う宗派の地域に住んでいると脅迫状が舞い込むからだ。

私の友人は現在エジプトに逃れているが、バグダッドの家を売るつもりだとメールしてきた。シーア派ではあるが、クルド人の彼にもバグダッドは住むべき場所ではなくなったようだ。

では、イラクを逃れてヨルダン、シリアに簡単に入ることが出来るかというと、いまやこれも難しい。。。
シリアはレバノン難民とイラク難民でいっぱいだそうだ。ヨルダンも多数の難民が来ることを恐れて、イラク人の入国を認めていない。

イラクとヨルダンの国境にはイラク戦争のときに逃げてきた難民キャンプ(UNHCRの支援を受けている)があるが、逃げてきた人で再びこのキャンプの難民が増えているのではないだろうか。

友人は避難先のエジプトに永久にいられるわけでなく、ビザの関係で数ヶ月ごとに出国しなければならない。それでイラクとエジプトを行ったり来たりする生活を送っている。これはどこも同じで、モロッコに避難したE・Hも数ヶ月ごとにイラク・モロッコ間を移動している。

なんとも割り切れないものを感じる。ワルシャワに行ったときにゲットーの名残の壁を見たが、21世紀になって再び「ゲットー」という言葉を目にするとは…。
[PR]
by reem-akemi | 2006-07-30 01:02 | 政治・経済・国際情勢

from Israel to Lebanon

2006年07月29日

レバノンの状況がいっこうに治まらない。パレスチナ・オリーブというパレスチナを支援しているNGOがあるのだが、そこではパレスナで取れたオリーブオイルと石鹸を売っている。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~polive/
オイル、石鹸とも非常に品質が良く、私は大ファンだ。

先日、そのオリーブを提供している農家にミサイルが落ちたという。イスラエルと言ってもパレスチナもいるわけで、とても雑な気持ちになる。

いつでもどこでも、ミサイルの下にいるのは民衆。なんとも腹が立つ。

下記のサイトはレバノンの停戦を訴える署名。

http://www.fromisraeltolebanon.com/

このサイトの「from Israel to Lebanon」の名前だが、イスラエルからレバノンのプレゼントはミサイルという意味。イスラエルの少女達がミサイルに「with Love」と書き込む写真がなんともおぞましい。
プレゼントの結果はレバノンの子どもたちの「死」。

子どもたちに戦争の手伝いをさせないでほしい。
[PR]
by reem-akemi | 2006-07-29 02:45 | 政治・経済・国際情勢
2006年07月26日

イラクの殺戮を止める署名の期限がいよいよせまってきました(7月末日)。皆様、署名をよろしくお願いします!!!
http://www.thepetitionsite.com/takeaction/507914513?ltl=1153844686

イスラエルのレバノン侵攻があまりにひどいのでイラク情報がますます遠のいてしまった感がありますが、今もイラク全土で多くの人が亡くなっています。

私はこのところ、どれくらいの犠牲者が毎日出るのかを知りたくてBBC、アルジャジーラ、その他の海外サイトを検索して犠牲者数のリストを作り、毎日それを更新しています(「イラク女性リバーベンドの日記」サイトに掲載)。その結果、意外なことがわかりました。殺害方法は大きく分けて3種類あります。自動車爆弾、路上爆弾、銃撃。殺されているのは、市民、警官(これは毎日、イラク全土で)、米兵。

自動車爆弾が仕掛けられるのは主にシーア派地域。意外だと書いたのはこのことです。市場、モスク、道路などシーア派が多数住んでいる場所を狙って自動車爆弾が爆発し、一度に50人から100人の犠牲者を出します。西側メディアでは、スンニ派あるいはザルカウイ一派のしわざと報じていますが、実際のところどうでしょうか?
というのは、そんな大量の爆薬をしかけた車がバグダッドの街を走っていたら目立たないだろうかという際めて基本的な疑問を抱きませんか?今、バグダッドの街には5万人のイラク兵、米兵がチェックポイントにいるのです。私にはシーア派を怒らせるために誰かがやっているような気がしてならないのです。
つまり、シーア派とスンニ派が戦うことで利益を得る人たち。。。しかも米軍のチェックポイントを素通りできるものたち。それは誰?????

路上爆弾の民間犠牲者はほとんどいません。なぜなら、まず爆弾の規模が小さいこと。米兵を攻撃するためにレジスタンスが仕掛けたものだということ。
レジスタンスが仕掛けたものに民間人の犠牲がなぜでないのか不思議に思いますか?それは、道路に仕掛けた場合、イラク人だけにわかる合図があるからです。
道路にそのような合図があったなら、そこを通ることは避けるのが普通でしょ。

銃撃は、主にスンニ派を対象に行なわれています。7月25日、サダム・フセインの部族の族長がキルクークで銃撃されて殺されました。11日には弁護士が2人やはり暗殺されています。
どういうわけか、25日はイラク全土で銃撃されて殺された人がたくさんいました。なぜでしょう?わかりません。
噂では、イランからの多額の資金(毎月数百万ドル)を得てマフディ軍がスンニ派の有力者を暗殺しているとも聞きます。

私たち日本人は無宗教ゆえに、「宗派対立」などと宗教が表面に出ていると思考停止状態になりますが、「宗教」というオブラートをかぶせることによって誰かが問題を見えなくさせていると、私は思っています。

今、イラクで行なわれている多くの殺戮は、以前も書きましたが、「権力闘争」の結果にほかならない。
米軍の司令官は「イラク戦争は今始まったばかり」などとのたまっているが冗談も休みやすみ言ってほしい。今、行なわれていることは「戦争」ではなくて「犯罪」です。そして、その犯罪を取り締まる責任は多国籍軍にあります。

テロとの戦いを「戦争」だといって、まったく軍事力の違う戦争(世界第一位の軍事力を誇る米国に対し、相手は10年も経済封鎖をされていたイラクです)を起しながら、なおかつ国境警備も出来ず(国境警備をきちんとしたら外国の武装勢力は入れない)、都市における爆弾事件にも対処できない無能な米軍は、これ以上イラクにいる必要もないでしょう。

さっさとイラクから出るべきです。
[PR]
by reem-akemi | 2006-07-26 01:10 | iraq

シスターニの声明

2006年07月21日

シシターニ(イラクのシーア派最高指導者[アヤトラ])が20日、イラクでの宗派対立における殺戮に終止符をうつようにという声明を出した。

http://english.aljazeera.net/NR/exeres/6E03201A-AA0C-4EFB-9E5E-B478EFD6CEAB.htm

宗派対立による殺戮は米軍をはじめとする多国籍軍の占領を長引かせるだけだと彼は言う。

いよいよ出てきたかという感じです。

2006年4月初旬、コンディ・ライスとストロー英外相はイラク安定のためにはシスターニの協力が必要だと発表している。
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/8BB1441E-ECDB-4099-A9F0-BA923F74AD50.htm

今回のシスターニの声明はこれを受けてのことに違いない。

だが、噂によるとシスター二はアラビア語を理解することが出来ず(彼はイラン人)、周囲の言われるままに何でもyesと言っているとか。
アメリカはかつての日本の天皇のようにシスターニを利用しようとしているが、1945年当時の昭和天皇のようなカリスマ性がシスターニにあるのだろうか????

シスターニの記事の最後に米軍の司令官のコメントが載っている(というか、このコメントのあとにシスターニの声明が発表された)。
曰く「先週の金曜日以来、一日平均34件の攻撃が米軍およびイラク軍に対して行なわれている。我々が望むような状態になかなか到達しないが、それを可能にする唯一の方法はバグダッドの街から兵器を取り除くことだ」
最後にこう結んでいる「バグダッドを制するものがイラクを制する」ーこれは私流の翻訳(^^)

米軍のあとのコメントというと、どうも素直に受け止められない。何か裏があるのではないかと思ったりしてしまう。米軍がなんといおうと、アダミヤの区域を封鎖して攻撃しているのは誰あろう、米軍とイラク軍だ。
シスターニは、まずマフディ軍に対してその暴力を収めよと命じてほしい。
[PR]
by reem-akemi | 2006-07-21 16:31 | iraq
2006年07月20日

先週、上田埼玉県知事に以下のブログに書いたものと同じような趣旨の抗議文を提出した。
http://blogs.dion.ne.jp/hope/archives/3726229.html

これには、2日間という短い期間に全国から195名という賛同が送られ、その名簿とともに埼玉県の特別秘書(公設らしい)に手渡した。

それに対し、7月13日上田清司埼玉県知事の名前で回答が来た。
以下、全文を掲載。
*******************************************************************
私に対する文書を拝見いたしました。
いわゆる従軍慰安婦問題に関する私の考え方につきましては、別紙のとおりでございます。
なお、この内容につきましては、7月3日付けで各報道機関に表明させていただきました。

平成18年7月13日

        埼玉県知事 上田清司
********************************************************************
私たちは、7月3日の彼の見解に対して文書を送ったのに、回答にもご丁寧にその見解を添付してきた。

ろくに読みもせず、「回答」さえしておけばいいのだという安直さがわかった。

どうしたものかと思案して、再度、同じ文書を送ることにした。なぜなら読んでいないことがわかったから。さぁ、今度はなんと返事をしてくるのだろうか?

以下、参考に抗議文を貼り付けます。

埼玉県知事 上田清司様                      2006,7,

上田埼玉県知事の議会発言と見解に抗議します

上田埼玉県知事は、さる7月3日に「いわゆる従軍慰安婦問題に関する私の考えについて」という見解を発表しました。しかし、私たちは、この知事の見解についても先の議会答弁と同じように異議を申し立てるものです。
 まず、知事は議会において、「慰安婦」は「民間の業者が連れて行ったりするのであって、軍そのものが連れて行ったりするわけは絶対ない」と答弁されました。
 以下に1993年8月4日、日本政府が公表した「いわゆる従軍慰安婦問題について」と題した政府調査で認定されたことをいくつか列記します。

1 慰安所の多くは民間業者により経営されていたが、一部地域においては、旧日本軍が直接慰安所を経営していたケースもあった。民間業者が経営していた場合においても、旧日本軍がその開設に許可を与えたり、慰安所の施設を整備したり、慰安所の利用時間、利用料金や利用に際しての注意事項などを定めた慰安所規定を作成するなど、旧日本軍は慰安所の設置や管理に直接関与した…(中略)。

2 慰安婦たちは戦地においては常時軍の管理下において軍と共に行動させられており、自由もない、痛ましい生活を強いられていた…(中略)。

3 慰安婦の募集については、軍当局の要請を受けた経営者の依頼により斡旋業者らがこれに当たることが多かったが、その場合も戦争の拡大とともにその人員の確保の必然性が高まり、…(中略)…業者らが或いは甘言を弄し、或いは畏怖させる等の形で本人たちの意向に反して集めるケースが多く、更に、官憲等が直接これに加担する等のケースもみられた。

4 旧日本軍は、…(中略)…その渡航申請に許可を与え、また日本政府は身分証明書等の発給などを行なうなどした。また、軍の船舶や車輌によって戦地に運ばれたケースも少なからずあった他、敗走という混乱した状況下で現地に置き去りにされた事例もあった。

上記で認定された事実からもわかるように、旧日本軍は直接あるいは間接的に慰安婦制度に関与していました。そして慰安婦たちの移送に軍の船舶・車輌も使われていました。すなわち「軍そのものが連れていった」のです。知事はひとことで「慰安婦はいた。慰安所もあった。軍が何らかの形で関わったこともあった。」と書かれていますが、どのように関わっていたのかを把握しての発言だったのでしょうか?非常に疑問を抱きます。
 私たちが残念に思うのは、上田知事が、これら「慰安婦」に関する資料を政府報告ではなくて、一般雑誌(文芸春秋4月号)をもとに判断されている点です。
 
―以下、知事見解より抜粋―
「その経緯については、当時の官房長官であった加藤紘一、河野洋平の両氏、そして内閣官房副長官として歴代内閣を支えた石原信雄氏の証言をもとに、櫻井よしこさんが文芸春秋(1997年4月)に詳細にまとめられています。」

個人的な発言ならともかく、知事としての公式見解の資料として、ひとりのジャーナリストが雑誌に載せた文章を持ち出すのは、あまりにも偏っていると思わざるを得ません。

知事はその見解の最後にこうまとめられています。
「証拠もないのに容易に『従軍』慰安婦という言葉を使うことは慎むべきなのではないかということを、私は訴えたいのです。」

ここで知事が使用を慎むべきと主張された「『従軍』慰安婦」という言葉は戦後出来た造語です。この呼び方については被害女性からも「私たちは自らの意思で日本軍に従軍したわけでも、日本兵を慰め安んじる『慰安婦』になったのでもない」と、異議申し立てがなされてきました。私たちも「従軍」という言葉は性労働を強制的に強いられた女性たちの実態を表すものでないということで、そのような呼称は不適切であると考えてきました。しかしながら知事が議会で行なったことは、「従軍」という言葉を消すことにより旧日本軍が過去に行なったことをあいまいにして、故意にその歴史的事実を消し去ろうとするものであり、私たちは断じてそれを認めることは出来ません。

1985年5月8日、ドイツ敗戦40周年記念講演で、ワイゼッカードイツ大統領(当時)は以下のようにドイツ国民に語りました。
過去に目を閉ざす者は結局のところ、現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、また新しい感染の危険への抵抗力を持たないことになるでしょう。

 私たちは、過去に目を閉ざし、差別的な状況に置かれた女性たちの声を抹殺しようとする上田知事の発言および見解に強く抗議するとともに、その発言の撤回と謝罪を要求します。

         上田埼玉県知事発言に抗議する女たちの緊急連絡会
[PR]
by reem-akemi | 2006-07-20 01:29 | 政治・経済・国際情勢

保存版を変更

2006年07月19日

今までサイドバーに、「Baghdad Burning」(保存版)を置いていたけれど、リバーベンドプロジェクトが崩壊して半年、保存版を置いておく意味もないだろうから、まったく私の趣味によるリバーのページを置くことにした。
http://www.geocities.jp/riverbendblog_j/index.html
とりあえずトップページだけ完成。あとは少しずつ修正していくつもり。
地図を始めとして、イラクの情報をたくさん入れていこうと思う。

デザインはリバーベンドのページを使いました(^^)。
[PR]
by reem-akemi | 2006-07-19 02:21 | バグダッド・バーニング

Baghdad Burning 残虐…

2006年07月14日

リバーが生きていたことは本当に嬉しい(^^)
あのバグダッドで生きている。その勇気に言葉が出ない。マフディ軍の残虐さはイラクから送られてくる情報で聞いているが、本当にひどいものだ。
彼女の怒りと悲しみがどれだけ伝えられるのか、とにかく訳してみました。
*****************************************************************************
2006年7月11日火曜日
残虐…

長い夏になりそう。今は暑さの盛り。日常がゆっくりと這うように過ぎていく。熱暑、ハエ、何時間もの停電、いたる所に転がっている死体の数々。

一昨日は悲劇的な日だった。その日はジハード地区での殺人についてのニュースで始まった。住人によると、黒装束の民兵が朝がた車で乗りつけ、通りにいた人々・家々に向かって発砲してきたという。彼らは道路のはしに人々を引き寄せ、スンニ派かシーア派かをIDカードでチェックし、スンニ派の人間たちを追い払い殺した。何人かがその場で殺された。メディアは、37人の死者が出たと控えめに報道しているが、その地域の人々によれば60人近くの犠牲者が出たとの話だ。

この虐殺に関して恐ろしいことは、その地域が2週間近く内務省の治安部隊と米軍によって封鎖されていたことだ。先週、1台の自動車爆弾がその地域の'スンニ派'モスクを訪れていた人々の目前で出発した。大虐殺の前夜、自動車爆弾は同じ地域のシーア派コミュニティセンターの前で爆発した。翌日、そこは人々の絶叫、銃撃、死に満ち溢れていた。なぜ米軍と内務省がすぐに対応しなかったのか誰にもわからない。彼らは町はずれにいて大虐殺を傍観した。

午後2時近く、私たちは悲しいニュースを受け取った。その虐殺で一人の素晴らしい友人が亡くなったのだ。T.は仲間と共にジャドリヤのコンサルタント事務所に働く26歳の土木技師。最後に彼に会ったのは1週間前だった。彼は姉妹が婚約したと私たちに伝えるために我が家に立ち寄った。彼は自分が関わっている最新のプロジェクトの写真を持って来た。バグダッドにある半分潰れたかけた校舎の修理だ。

いつも、彼は朝の交通渋滞と暑さを避けるために午前7時に家を出ていた。昨日、彼は家にいることにした。前夜突然壊れた発電機を取り付けるためアブ・カマルを連れて来ると母親に約束したからだ。彼の両親によれば、Tは攻撃が起こったとき、その地区から出る道を進んでいた。そこを2発の弾丸が頭を貫いた。彼の兄弟は彼が着ていた血まみれのTシャツから彼であることをやっと判別した。

その地区の人々は自分たちの家にじっと閉じこもっている。虐殺された人々の通夜がまだ始まっていないので、誰もあえてそこに行かない。私はまだ彼の家族に会っていない。だって、弔慰を述べる勇気もエネルギーも私にはないかもしれないから。ここ数カ月、伝統的な弔慰の言葉を1000回は言ったような気がする。「あなたの悲しみに終わりがありますように」虚しい言葉。その言葉をいうときさえ、私たちは、今日(こんにち)のイラクでは、悲しみがどんなに大きくても終わらないことを知っている。

また、死傷者の詳細は聞いてないが、昨日ガザリーヤ地区でも攻撃があった。人々は、その背後にサドルの民兵、マハディ軍がいると言っている。世界がイラクに関して聞くニュースは私たちが国内で聞く状況と完全に違っている。人々は、無理矢理、家と地域から駆り立てられ、街中(まちなか)で殺されている。アメリカ、イラン、傀儡政権は国民会議と進捗状況について話しあっている。

もはやバグダッドは1つの都市ではない。それぞれが互いに暴力に感染したいくつもの小さな都市がいりまじている。朝になるといつもとても多くの悪いニュースが報じられるので、眠るのが恐くなる。テレビは映像を流し、ラジオはそれを放送する。新聞は死体の写真を掲載し、腹立ち紛れの言葉がページに踊る。曰く「内乱…死…殺人…爆弾…レイプ…」。

レイプ。米軍による最新の残虐行為。実際に最新とは言えないけれど、最も広く知られたもの。可哀そうな少女アビルはアメリカ軍によってレイプされた最初でも、最後の犠牲者でもない。このレイプが広く知られたのは、遺体が燃やされたことと、彼女をとりまくすべての家族が彼女と共に殺されたからだ。レイプは、イラクではあってはならないこと。家族はレイプ被害を届けずに、自分たちでかたきを討つ。この3年間、ハディーサとサマッラーのような町を包囲攻撃する間、刑務所を管理下において、わたしたちは米軍のレイプの噂をずっと聞き続けていた。自分たちの'英雄'がそんな残虐行為をしているってことを信じないアメリカ人の無邪気さって、バカバカしくて話にもならない。占領軍がレイプをしないって???貴方達は国をレイプしたわ。人々をレイプしないなんてことある?

ニュースでは、彼らは、彼女の年令が24歳だと思ったというが、近所のイラク人によると、彼女は14歳の少女にすぎなかったと言う。14歳。貴方に14歳の姉妹か14歳の娘さんがいるとして、彼女が変質者のグループによって輪姦されたと想像してみて。それから、少女は殺された。その後、彼女の身体はレイプを隠すために燃やされた。そして最後に、彼女の両親と5歳の妹が殺された。ハイル、アメリカン・ヒーロー…[訳注:ハイル、ヒットラーにかけている?]'解放'の最高の後継者を育て―軍隊は今日、あなた方を誇りに思うでしょう。私は、米軍がアメリカの法廷で裁かれるべきだなんて思わない。彼らが犯罪を侵したその地域の人々に引き渡されるべきだと思う。あとは、適切な正義がなされるでしょう。

我らがおバカな首相、ヌーリーアル-マリキは'独立調査'を要求している。彼は、自分の娘か姉妹がレイプされ、拷問され(たぶん)、殺されたのではないから、アメリカの要塞の中で保身を図っている。彼の家族は怒り狂ったイラク人と精神異常のアメリカ軍の手から逃れて安全な海外にいる。

それを知って、私は激しい怒りを覚えた。私がかつて占領軍に抱いた同情はもうなくなった。アブ・グレイブの残虐な行為、ハディーサの殺害、最近のレイプ殺人によってすべて消え去った。装甲車に乗っている兵士を見る。正直にいうとー、彼らが19歳だろうか、39歳だろうかなんて、もう考えない。彼らが生きて故国に戻るかどうかなんてどうでもいい。彼らの残してきた妻、両親、子どものことなんて、もうどうでもいい。恐怖のただなかにあって、私にはもうどうでもいいこと。彼らを見れば、無辜の市民を何人殺したのだろうかと思うし、彼らが故国に帰る前に何人殺すのだろうと思う。彼らは何人の若いイラク少女をレイプするの?

アメリカ軍はなぜすぐに撤退しないの? 彼らはもう十分損害を与えた。彼らが急に撤退すると、イラクはあらゆるものが崩壊するだろうと言われている。しかし、実際には彼らは今何もしていない。これよりもっとひどくなるってことある? 人々が通りで家で殺され、それに関して彼らが何をした? 何にも。彼らにとってそれが便利だから。イラク人は互いに殺しあい、彼らは傍観して流血を見ている。殺人とレイプに加わることを除いて。

シリアとヨルダンに向かうバス、飛行機、タクシーは、夏の終わりまで予約でいっぱい。人々はさっさと荷物をまとめ、集団で出ていく。彼らの大部分は、国外に住む計画を立てている。海外で住む人のような生活を送ったらもはやここの生活は耐え難くなる。それはただ単に生きているということだけ。一日一日を無事にながらえ、親族や友人の逝去に遭遇するーTのような。

T.が亡くなったなんて本当に信じられない…今日、メールをチェックして、私は受信トレイの中に彼からのメールを発見した。一瞬、心臓が止まるかと思った。彼が生きている。T.は生きていた。彼が死んだというのは恐ろしい間違いだった!一瞬、めまいがするほどの喜びに満たされた。けれど、その日付けに目がとまり愕然とした。彼は殺される前日、私にメールを送っていた。1つのメールはジョークを集めたものだった。2つめは猫の写真。最後は、アメリカ占領下のイラクについてのアラビア語の詩だった。彼は占領下にもかかわらず残っているバグダッドの美しさを著した言葉を数行強調していた…。 私は、バグダッドは世界でも素晴らしい都市のひとつだと思っていた。けれど、このとき、 T.や多くの罪もない市民の血に染まったこの街で美しさを見出すことは、もはや出来ないと気付いた…。

リバー@午後11時43分

(翻訳 細井明美)
[PR]
by reem-akemi | 2006-07-14 17:33 | バグダッド・バーニング
2006年07月13日

イラクの兄弟、スレイマンからメールが来ました。なんと彼はエジプトに家族と避難していました。でも、イミグレの関係で今週、バグダッドに戻らなければならないとか。

イラク占領監視センターの元所長であるエマン・ハマスもモロッコとイラクを数ヶ月ずつ往復しているようです。

バグダッドのバスは数ヶ月先まで予約でいっぱい。しかも毎日毎日バス代が値上がりをしていくとか。なんということでしょう…。

心配していたリバーも11日に新しいブログをアップしました。先日、私が書いたバグダッドの銃撃事件で友人を亡くしたそうです。

アメリカがイラクに侵攻しなければ、誰も不幸にならなかったのに…。そう。さらに言うなら、もっと上手に占領政策を進めていれば少しは違ったのに…。イランやイスラエルと手を結ばずにいれば少しは違ったのに…。

「もし、~ならば」という言葉ほど虚しいものはない。

#リバーのブログ、今翻訳中です。
[PR]
by reem-akemi | 2006-07-13 02:05 | iraq

Never die, please

2006年07月10日

なぜだろう???
昨夜、スレイマンの夢を見た。
バグダッドの彼の家に座っておしゃべりをしていた私。

目が覚めて胸がつぶれるほど悲しかった。
BBCニュースを読むと今日もバグダッドの町でガンマンが銃を乱射して十数人の人が亡くなったという。

悲しげな目をした少女がベッドで横たわっている写真が大きく載っている。

胸騒ぎがして、メールを送った。

「スレイマン、貴方がバグダッドより安全な町に住んでいることを願っています。私はいつでも貴方と貴方の家族の幸せを祈っています。きっといつかバグダッドで逢いましょう。それまで決して死んではダメよ、絶対に!」

ずっとメールが来ないから生きているのか、死んでしまったのか、まったくわからない。。。

今日は、なぜだろう、とても悲しい…。
[PR]
by reem-akemi | 2006-07-10 01:53 | iraq