毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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2006年12月31日

バグダッドバーニング byリバーベンド。12月29日のブログをアップします。

今日、ついにサダム・フセインが処刑されました。これからイラクはどうなるのでしょうか?大きな混乱がなければいいのですが…。
以下、そのことについてもリバーは書いています。
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2006年12月29日金曜日
もう1年の終わり…
あなたの国は問題を抱えている:

1 国連は混沌と流血をおさえるために特別な部門ーUNAMI-を置かなければならない。
2 でも、あなたの国でそれを運営することは出来ない。
3 国をこのようなお粗末な状況にした政治家は、もはやどこにもいない。国内はもちろん国境の近辺のどこにも。
4 米国とイランの同意は国の情勢悪化をもたらす。
5 8年の戦争と13年の封鎖は'黄金時代'のように見える。
6 イラクは一日あたり200万バレルを表向き「販売」しているが、あなたは発電機用の闇市のガソリンを購入するために4時間並ぶ。
7 毎日5時間の停電のあと1時間だけ電気がくる。けれど政府は供給したその時間をもカットすると発表する。
8 戦争を支持した政治家が、(今の状態を)テレビで「宗派間の流血」か「内戦」かで討論して電気を使う。
9 行方不明だった親類の死体を2週間で見つけられたら、人々は自分たちが幸運だと考える。

普通のイラク人の生活は、車両爆弾を避けながら、死体の身元を確認し、拘留、あるいは追放、誘拐された親族を探すことで一日が終わる。

2006年は明らかに今までで最も悪い年。いいえ本当に。この戦争と占領の破壊は国中をおおっている。乾ききった大きな堅い土の塊を抱えて、これを粉々に砕こうと決めるわね。最新の軍事技術とミサイルでインフラを破壊する。これが最初の杭、するとひびが出来始める。次に数回の小さな杭を打ち込む。これがチャラビ、アル・ハキム、タラバーニ、パチャーチ、アラウィ、そしてマリキのような政治家。ひびは、かつて堅固だった大地の向こう側に広がっていき、ゆっくりと伸び始める。たくさんの骸骨の手のように縁に向かって手を伸ばしていく。圧力をかけ、四方八方から、押したり引いたりする。ゆっくり、しかし確実に。すると塊は大小の破片となってバラバラに分解する。

それが今のイラク。アメリカ人は粉々にするためにとてもよく働いた。この一年で、誰もが、それが最初からの計画であったと確信した。単に失態というには、あまりに多くの大失態があり過ぎた。「ミス」は大惨事をもたらした。ブッシュ政権が選び、支持した者たち(詐欺と横領のチャラビから、テロリストのジャファリ、民兵のマリキまで)は、誰がみてもひどかった。イラク軍を解散して、本来あった憲法を廃止し、イラクの治安を民兵に引き継ぐことを認める決定はダメージが大きすぎて、偶然とはいえない。

今の疑問は、でもなぜ?ということ。私は、ここ数日自問自答し続けている。アメリカはイラクをここまで破壊することで何を獲得するの? この戦争と占領が大量破壊兵器かサダムへの恐怖が原因だといまだに信じているのはとんでもない馬鹿だと思う。

アル・カイダ? こっけいだわ。実際のところ、ブッシュはここ4年間で、オサマがアフガニスタンの丘の10ヶ所のテロリストキャンプで育成したであろう以上のテロリストをイラクで創りあげた。子どもたちはいま「狙撃兵とイスラム戦士」遊びをする。一人が米兵の目の間を撃って、一人がハンビー[註:米軍の軍用車輌]をひっくり返したふりをする。

とりわけ、去年はターニングポイントだった。ほとんどすべてのイラク人が多くのものを失った。あまりに多くを。私たちがこの戦争と占領で経験した損失について説明する方法が全くない。毎日40体の死体が腐敗し切断された状態で発見されたと聞いたときの気持ちは、どのような知識をもってしても、言い表す言葉がない。すべてのイラク人の頭上にかかる恐怖の真っ黒な雲の補償が全くない。自分ではどうにも出来ないことへの恐怖:つまらないことでは、たとえば「スンニ派らしい」あるいは「シーア派らしい」名前について。より大きな恐怖はー戦車のなかの米兵、黒いバンダナと緑色のバナーをして地域をパトロールする警察、検問所にいる黒覆面のイラク兵。

またも私は、これらすべてのことがなぜ起きたの?と自問せざるを得ない。修復どころかイラクを壊す意味は何なの?イランだけが唯一得をしているように思える。イラクでのイランの存在はかなり大きい。伝統的で、公的な聖職者かアヤトラを批判すると、自爆テロに近づくことになる。したがって、影響力はアメリカをはるかに超えて、今や取り返しがつかないのでは?これもまた、すべての計画の一部?このことを考えると頭がズキズキしてくる。

今最も困惑している問題は以下の通り。なぜ火に油を注ぐのか?スンニ派と穏健なシーア派は南部の大きな街と首都から追放されている。バグダッドはたび重なる脅迫と恐ろしい攻撃のもと、シーア派がいなくなったスンニ派地域とスンニ派がいなくなったシーア派地域とに分かれている。人々は、検問所で公然と撃たれ、運転中に殺され…多くの大学が休校している。何千人ものイラク人がもはや学校に子どもを通学させないー安全でないからだ。

今サダムの処刑を強要して、なぜ事態を悪化させようとするのか?サダムを絞首刑にして誰が得をするの?イラン、当然ね、それとも他のだれ?処刑がイラクを砕く最終的な打撃になるという現実的な恐怖がある。サダムが処刑されるなら、いくつかのスンニとシーア派部族は、米軍に対してレジスタンスを送ると脅かした。普通のイラク人は、最悪のことが起きてもいいように準備をして、次に何が起こるかをじっと凝視している。

サダムはもう自分たちの代理でも、政権の代表でもない。アメリカの戦争プロパガンダは最初から最後まで終始サダムはすべてのスンニアラブ人を代表していると主張した(彼の政府の大部分はシーア派だったことを忘れないで)。アメリカ人は、スピーチ、ニュース記事、およびイラクの操り人形を通して、占領に対するスンニ・アラブの抵抗を擬人化して考えていることを明らかにした。基本的に、この処刑で、アメリカ人が言うことは「見てースンニアラブ人ーこの男よ、みんな知っている。私たちは彼を絞首刑にしたー彼はあなたを象徴する」 それに関して誤解しないで。この裁判、判決、そして処刑は100%アメリカがしたこと。数人の俳優はイラク人で十分、けれど、制作、監督、およびモンタージュは純然たるハリウッド製(それにしても安上がり)。

もちろんタラバーニが彼の死刑にサインしたがらなかった理由はー乱暴者が突然良心を持ったのではなく、彼は自分がサダムを絞首刑にする人間になりたくなかったのーそれをしたら、遠くに逃げることなど出来ないから。

マリキ政府はうれしくてしようがない。彼らは、裁判所が判決を出す前に処刑命令に批准したと発表した。2、3日前、あるアメリカ・ニュース番組でマリキ政権の高官であるバシミ・アルーハッサーニがインタビューされた。彼は米語のアクセントで今度の処刑は自分が参加するカーニバルのようだと話した。彼は座っていたが、低俗で愚鈍に見えた。彼の会話は「gonna」 「gotta」「wanna」という言葉にちりばめられていた[註:米語の典型的な発音]。アメリカ兵とつきあっているとこうなるのね。

私の結論はアメリカ人がイラクからの撤退を望んでいるということ。けれど本格的な内乱を後に残したがるだろう。なぜなら良くなるように思えないから。米軍が撤退して、いろいろなことが実際に向上し始めたとしたら?

ここに私たちは2006年の終わりを迎える。私は悲しい。たんに国の状態が悲しいのではなく、私たちイラク人が人間としておかれている状況に対して悲しいのだ。私たちは皆、4年前に抱いていた特別のものー何らかの同情と礼儀正しさを失った。例として私のことを書くわ。およそ4年前、米兵の死について聞いたときはいつも恐れで身がすくんだ。彼らは占領者ではあったが人間であり、その彼らが私の国で殺されたということを知って眠れない夜をすごした。彼らがイラクを攻撃するために海を越えてきたことを気にもしていなかった。実際、私はそう感じていた。

このブロッグで動揺するそれらの気持ちを記録にとどめていなかったら、私は現在、それを絶対に信じないでしょう。今、彼らは単に数字にしか過ぎない。4年間で3000人のアメリカ人が死んだって?本当? イラク人の死者数のひと月にも満たない数だわ。米兵に家族がいたって?それは残念。私たちもそうよ。そう、街には死体があり、死体安置所では身元確認のために並んでいる人がいる。

今日アンバール州で死んだ米兵は、先月、婚約の夜に撃たれた私のイトコより重要だというの?私はそうは思わない。彼は6年間待ち望んでいた女性と結婚する予定だった。

米兵の死者数がイラク人より少ないから、それで、イラク人の死を問題にしないんでしょ?

リバー@午後1時

(翻訳 細井明美)
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by reem-akemi | 2006-12-31 13:49 | バグダッド・バーニング
2006年12月30日

f0189799_093387.jpg7日までに提出する予定の原稿を書こうとPCに向かった。そしていつものようにリバーベンドのサイトを開いたら新しいブログがアップされている。

http://www.riverbendblog.blogspot.com/

わぁ!生きていた!!!
あのバグダッドでよく無事に生きていると感激(^^)。

そういえば今朝のYahooニュース(英語版)でブッシュは今週中にサダムを処刑すると発表していた。おまけに、サダムは新しい民主主義を阻む要因であり、イラクの暴力をそそのかしていると発言。つまり、イラク内戦の責任をサダムに転化しようとしているのだ。

いまやサダム処刑の命令を受けてイラクは混乱状態。イラク政府のなかでゴーサインを出すものはいず、かといって米軍は怖い。。。
イラクの法律では30日を経過したのちに処刑と決まっている(判決は12月26日に出た)。にも関わらず、その法律を無視して処刑が強要されようとしている。ムチャクチャ。
---→12月30日のYahooニュースでは今夜処刑と報道された。イスラムでは今日からハッジ(犠牲祭)。その日にするとは…。

リバーも書いている。サダム処刑は火に油をそそぐようなものだと。。。いったい何のためにこのようなことをするのかと。

わかっているじゃない。米軍が正義の味方としてカッコよく撤退するためよ。そしてダメなイラクを3つに分割して石油の利権と中東での覇権を手にいれるため。

その前に今以上の混乱が必要。そして悪者のマフディ、それを操っていたサドル、米兵にはむかっているレジスタンスを一網打尽に殺すに違いない。今まで民兵の暴力を黙認していた米軍がやっと動きだす。ちょっと前ならイラク人はもろ手をあげて喜ぶでしょうね。

でも、いまや、サル芝居が見えてきている。誰が一番悪者かってことが。

さぁ、リバーのブログを翻訳しなくっちゃ!



#このブログの内容はミクシィのブログと重なっています。
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by reem-akemi | 2006-12-30 00:13

粛清の影にあるのは…

2006年12月21日

私はずっとイラクの内戦報道を疑っていた。これを内戦というのだろうかと。

というのは、イラクの戦闘地域がふたつに分かれるからだ。アンバール州を中心とした地域は2003年からずっと米軍とレジスタンスの戦いが行われている。米軍の死者は主にこの地域が多い。

そして、西側報道が伝えているイラクの混乱は主にバクダッドのこと。自動車爆弾と自爆テロ、迫撃砲、拉致、放置された死体。これをシーアとスンニの殺し合いだと報じている。
明らかなことはイラクレジスタンスの敵は間違いなく米軍だということ。もしイラクレジスタンス(多くはスンニ派)がシーアを敵とみなすならアンバール州でもイラク人同士の戦いが繰り広げられるはずだ。

ところがそんな報道はバグダッドを中心とした大都市にしか見られない。互いをよく知る人間関係が蜜にある地域では今でもシーア・スンニの区別なく生活している。

この混乱を招いているものは本当は誰なのだろう。イラン?米軍?イラク政府?

抵抗運動を「テロ」と称し、世界の目をあざむこうとしている卑怯な人間は?
でも、少しずつその正体が見えてきている。

#思い出そう。いつでも米軍はイラク治安部隊・イラク民兵の暴力をとめず、やりたい放題にさせていた。
ラムズフェルドが去ったからといって、安心してはいけない。アメリカの国家情報長官はニカラグアで人を殺し続けたネグロポンテだ。彼の卑劣なやり方でニカラグアは世界最貧国になった。そして今、イラクもネグロポンテによってズタズタにされてしまった。

今日のアル・バスラネットから(翻訳は斉藤力二朗さん)。スンニ派狩りから生還した人の話です。

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米軍が主導するイラクの集団虐殺から奇跡の生還者の証言

イラクで連日起きている集団殺戮事件は、マスメディアで報道されているように宗派間の抗争だけなのか?集団虐殺の現場からこのたび奇跡的に脱出、生還したイラク人の貴重な証言を聞いたイラク人政治活動家アムジャド・ズベイディー博士が20日付のバスラ・ネットに投稿した。
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 イラク人の一団に止められたのはバグダードでのきつい仕事を終えて帰宅途中でした。両手を縛られ目隠しをされ、他のイラク人のグループと共にどこかに連れ去られました。そこには米軍がいました。

 暗かったのではっきりしませんが、それから何かの建物に入れられました。そこはイラク人が殺戮される正に屠殺場でした。米軍は建物の外にいました。捕まった人たちは「助けてくれ」と泣き叫びながら手を縛られたまま屠られていきました。私の番になり前に出されると、なんと執刀人はイラク、・イラン戦争で知り合った戦友だったのです。

 私のことを分った執刀人は、「あんたを殺(やら)なければ、俺がここで殺(やら)れてしまう」と言って、「血を流すために首を傷付けて遺体の山の中に放り込むから死んだ振りをすれば、助かるかもしれない」と提案し、その通りになりました。

 私は遺体と共に大きな車に積み込まれ、米軍装甲車の警護のもとに遺体が山積みの寂しい場所に投げ出されました。誰も居なくなったので、遺体の山の中からなんとか這い出し、歩いてある寒村に辿り着き治療を受けました。傷が癒えたので今は自宅に居ますが、アメリカ人に何をされるか分らないので人に話すのが怖いです。
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 この証言を記した後、アムジャド・ズベイディー博士は次のように問いかける。

 このイラク人の一団とその首領は何者で、無辜の人たちをどれ程殺戮したのだろうか? 誰もこんな事件を気にもかけない今の世では答えるのは難しい。ただ我々の調査で確かになったことは、イラク人同士を対立させるために日夜活動している「米国の卑劣任務部隊」が首謀者で、イラク人の一団は米国諜報機関に直属するアハマド・チャラビー(米国に飼われてきたイラク人傀儡政治家)配下の混成部隊の隊員である。

http://www.albasrah.net/ar_articles_2006/1206/amjad_191206.htm

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by reem-akemi | 2006-12-21 17:41 | iraq

教育基本法

2006年12月15日

教育基本法が今夕参議院特別委員会を通過。あとは本会議を待つだけとなった。恐らく与党は数の暴力でこれを通すだろう。

今、安倍政権は支持率をだいぶ下げているが、あまり気にもしていないようだ。とにかく目前の法案を通すことが最大の課題と見える。それもこれも日本人の「水に流す」習慣と目先の利益に追われる国民性のゆえかも。

私は正直のところ、法律で人をしばることが果たして出来るのだろうかと疑っている。こんな法律を作ったところで、それが彼らの望むような形になるとは思えない。これだけあらゆる情報に囲まれている今の世の中で、いまどき国家のために尽くす人間が生まれるとは思えない。

基本法は教育の基本だから理想的な法律があるのが望ましいが、国会を通過しようとしている悪法を有効にするには子どもたちにそれを「強制」する根拠が必要になる。

今、親と子どもを競争に追い込んでいるのは(「強制」しているのは)人より良い生活をしたいという欲求だ。これをどうやって「国家」のために命を捨てる人間にするのか?安倍政権がしようとしていることは、今の子どもたちが置かれている状況と対極にあるような気がする。
それは、法律を変えたからと言って可能になるほど単純ではない。

言葉を変えると、私たちは理想的な教育基本法に守られながら真に人間的な教育を国家から受けたであろうか?

道徳の授業を増やしたからと言ってそれがなんになるのか。学校教育なんてたかが知れている。

安倍政権のしようとしていることなど恐れるにあらず。私たちは自分たちの望む教育を子どもたちにしていけばいいのだ。学校に期待しないことだ。
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by reem-akemi | 2006-12-15 00:35 | 政治・経済・国際情勢

母のこと

2006年12月13日

いつの間にか秋も過ぎ、季節は冬になろうとしている。表参道のイチョウ並木の下も黄色い落ち葉の道になっていた。そして、ハラハラと落ちるイチョウを見ながらホットワインを飲むのもこの季節の楽しみ。

紅いカエデも良いけれど、黄色いイチョウがとても好き。その昔、色弱で黄色が見えないという人がいた。あの美しいイチョウが見えないなんて。。。と悲しかった。

花の季節の春が青春なら、晩秋の今はなんだろう…。

気がついたら母が認知症になっていた。命が少しずつ枯れていく。私の命も含めて…。

少し前、母の面倒を見ている姉が「たまには顔を見せなさいよ。あんたの顔を忘れないうちに」と言っていたが、最近は「私の顔も忘れているみたいだから来ても無駄かもしれない」と云う。
「さすがに自分の夫の顔は忘れないの?」と聞いてみた。
「時々父親だと思っているみたい」
あぁ…。母は一人っ子だから父親が懐かしいんだ。

数年前、縁側から落ちて大たい骨の手術をすることになり、母は「行ってきま~す」と家族に手を振ってニコニコと手術室に入っていった。

父は毎日姉にお弁当をつくってもらい、母の枕元で過ごした。見舞いに行った私に母は子どものようにトイレに連れていってくれとせがんだ。子どもと母親とが逆転したようでなんとも居心地の悪さを感じたものだ。

それから何年も私は実家を訪れていない。同居している姉にまかせっきりだった。なぜなら、私はいつまでも子どもでいたいから。子どものようになった母を見ることは忍びなく、どうしてもその事実を受け入れることが出来ない。

介護を姉にまかせっきりにしていることを悪いとは思うけれど、私はワガママを通している。

今、母は週に3回施設に行っている。そして、あんなに仲の良かった夫婦が毎日ケンカをしているという。優しくてケンカなど無縁の人が手まで出すと聞くと私はますます恐ろしくなって実家へ行くことが出来ずにいる。

人間は年をとるとそんなに変わるものなのだろうか。

「私、行かなくてもいいかなぁ」
「そうね。きっと恐くなるかもしれない」

想像しただけで涙が出てくる。二番目の子どもは親の目が行き届かないぶん親が好きなのかもしれない。小さいときから親に認めてほしくて点数稼ぎをしている小心者の子ども。結局、最後まで小心者の子どもで終わりそうだ。

今度母と会うときは…。
2006年が暮れてゆく。
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by reem-akemi | 2006-12-13 00:31 | 日記

またまた辺見庸

2006年12月10日

辺見庸の「追っかけ」を自認する私は12月7日明治大学の彼の講演の当日スタッフとしてアテンドを志願した(笑)。

講演は「個体と状況」と題し、4部構成で組まれるはずであった。第1章「言葉と記憶と死」、第2章「schandeとscham」、第3章「単独者とはなにか」、第4章「role-playing gameあるいは永遠の試問」。これだけの話を3時間で行なうというほうが無理な気もするが…。

まず1時間ほど話したあとで休憩と聞いていたのに第1章だけで1時間半を過ぎた。それに加えて大学と主催者との齟齬により1時間も講演時間が短くなった。そして、辺見さんが休憩を入れたのは大学側が終了を求めた時間の20分まえ。休憩を入れたら残りは10分。たった10分で第3章と第4章を話すなんてとても無理(^^;)。
私はどうなることかと気が気でなかった。

戻ってきた辺見さんは時間の都合により話を割愛することを観客にわびたが、それから約1時間近く講演を続けた。その間、会場を管理する人は私のわきで「困ります」を連発。

9時には照明を落とすとまで言われたが、肝心の辺見さんは観客に「つまみ出されるまで話す」と広言。主催者のひとりは「辺見さんは本当にそうする人」だから仕方ないという顔をした。これは謝るしかない。関係者は皆その場にいた大学の担当者に頭を下げた。

結局、講演は予定どおり3時間行なわれた。

私はなんとも可笑しかった。講演の内容はそんなこんなで私の記憶にないのだが、それでも辺見庸という人間の過激さに接することが出来たのは幸い。

主催者はこれが最後の講演かもしれないと云っていたが、彼のブログを見て仕事を確実にこなしていることに感動。彼は意気軒昂!
http://hemmi.info/

当日も、顔はロウのように白かったが、声には力があり気力がみなぎっていることがよくわかった。

#それにしても間近で見る辺見庸は彫りが深くてハンサム(笑)。研ぎ澄まされた感覚と容姿とがとてもよくあっている。

久しぶりに書いたブログなのに、またまたミーハーなことを書いてしまった(><)
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by reem-akemi | 2006-12-10 16:19 | 日記

学校のイジメについて

2006年12月03日

学校でのいじめ問題について、いろいろな人がさまざまな意見を述べている。

報道される話はどれも痛ましい。イジメによる自殺が初めて報道されたのは大久保清輝君だったと思う。あれから何年たっただろう。子どもたちが次々と自殺をしていくのに何も出来ず月日が過ぎていった。

私が気になるのは犯罪と思われるものが「イジメ」として見過ごされることだ。先の大久保清輝君の場合もイジメではなく恐喝に等しい。他人を脅迫して金品を強奪するのはイジメとは言わない。その違いを教師はもちろん子どもたちも知っておくべきではないだろうか。犯罪には犯罪に対する対処の方法がある。

だが、犯罪が学校で多発するとしたなら暴力が許されている環境こそが問題ではないか。誰かを処罰してすむ話ではない。教師の能力の問題ではないと私は言いたい。

と言って、自民党オヤジ連中が好む「道徳」の欠如だとも思わない。「道徳」の授業は昔からずっと行なわれ続けている。あんなもの何の意味があるのか…。もちろん教育基本法が悪いのでもない。

とにかく、学校はいろいろなものを抱え込みすぎている。また、人間の子どもは「愛情」なしに育たないということを大人たちが忘れてしまっているのも問題だ。学校は人間を育てる工場ではないのだから評価など無縁ではないか。それなのに子どもから教師まできっちりとその能力が評価される。こんな息苦しいところがあるだろうか。


「学校」は疲弊して崩壊寸前だ。「学校」は知識を習得する場であり、工場ではなく人間を育てる場所だということを思いだしてほしい。人はそれぞれ成長のスピードが違うのだからべルトコンベアに子どもを乗せないでほしい。
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by reem-akemi | 2006-12-03 00:03 | 日記