毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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米兵4人が殺された

2007年01月27日

朝起きたらこんなニュースが飛び込んできた。
http://news.yahoo.com/s/ap/20070126/ap_on_re_mi_ea/iraq_sneak_attack

カルバラで誘拐された米兵4人が殺されていたのだ。殺したものは、この報道によると、米兵の姿をして、アメリカ製の武器を使用し、英語が堪能であったらしい。それでイラク兵は彼らを米兵と勘違いしたというのだ(ある情報ではブロンドの兵士だったという。。。まさかねぇ?)

私が書きたかったのはこのニュースの後半に殺された米兵の名前と年齢が出ていることについて。
死んだのは20歳から25歳の若い兵士たち。名前があるというだけでこんなにリアルに彼らの死を感じることができるとは。胸がつぶれるようだ。。。
まさか自分が死ぬとは思わずイラクに来たのだろう。

米兵は自分たちが侵略者であることをわかってほしい。イラクの治安のためというブッシュの嘘にだまされて。そんな嘘のために殺されることは何もない。可哀そうに。

他国でバカな権力者のために命を落とすことなど何もないのに。
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by reem-akemi | 2007-01-27 09:35 | iraq

あなたを忘れない

6年前の1月26日に起きた新大久保の事故を覚えているだろうか?私は新大久保駅のホームに立つたびに思い出す。目の前を電車が通り、その状況を想像してはぞぉ~とする。それほどあの事故は衝撃的だった。

それが単なる事故だったらこんなにいつまでも覚えていない。けれど、線路に落ちた人を助けた韓国の学生(イ・スヒョンさん)の勇気ある行動に何年たっても心が動く。私だったらそのようなことが出来るだろうかと…。あの電車の前に立てるかと…。

そんな彼の映画が出来た。
「あなたを忘れない」
http://www.sonypictures.jp/movies/26yearsdiary/site/

彼は最後の7秒間、両手を前に出して電車を止める合図をしていたという。なんという勇気だろう。

いろいろな生き方があるけれど、心を動かされる生き方はそんなにあるものではない。
世の中は悪いことばかりが報道されるが、世界はそんなにひどくないよと、私たちに生きる勇気を与えてくれる。人間を信じることを教えてくれる。

誰もが同じような勇気をもったら世界はきっと変わるのだろうなぁ。。。
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by reem-akemi | 2007-01-27 00:09 | 日記

学校をお休みした

2007年01月26日

2月5日と6日はアラビア語学校の進級試験。帰国後、筆者校正に追われてなんにも勉強できなかったので、この間とてもがんばった。しかも私はミクシィのブログにがんばろうと書いた。にも関わらず3日目で挫折(--;)

昨日の午後から体調は怪しかった。。。持病が来る予感がした。なんとなく左目が痛かったが娘と食事をし、そのあと7時からパルクのアラビア語教室に出席。帰宅後、勉強する気になれずお風呂に入って、いつもより早く寝た(1時ちょいまえ)。

今朝は目の痛みがさらに増し、吐き気と頭痛がひどかったので、いったんお風呂に入り体を温めた。目を押さえると左目がかた~くなっている。背中もこわばっている感じがするので背中までつかる。こういうときは嗅覚も敏感になる。お風呂に入れたラベンダーの香りが気持ち悪くなってきた。もともとラベンダーの薬(くすり)くさい香りが好きなのだが、エジプトで購入してきたラベンダーの精油は安っぽい香水の香りがする。どうもいただけない…。

吐き気がおさまらず、そのまま蒲団へ直行。1時間遅れて出席しようと眠り始めたら、目が覚めたのが12時。うとうととして次に目が覚めたのが午後2時。

おかげで吐き気がおさまった。まだ目の痛みと頭痛が少しあるけれどそれでも朝よりまだまし。

この間、アメリカにいる夢をみた。頭痛が治らないわけだ、英語で話している・・・。夢の中でジョアンジョアンに電話をしなければと思っていた(^0^)。ジョアンジョアンはNYの私の友達。元小学校の先生で環境運動をがんばっている。

というわけで今日は学校をお休みした。はぁ~、力つきた私…。
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by reem-akemi | 2007-01-26 16:57 | 日記

追われるサドル

2007年01月24日

ミスリーヤの続きを書こうと思っているうちに学校が始まった。2週間後の進級試験を控えて余裕のない私(^^;)

時間のあるときにワードに入れて書き溜めるしかない。。。

ところで米軍がマハディの幹部400人を逮捕した。
http://news.yahoo.com/s/ap/20070120/ap_on_re_mi_ea/iraq_070119184346
いまやサドルも米軍に狙われる立場になり、身の安全のために地下にもぐったようだ。
彼の家族も安全なところに避難した。サドルいわく「米軍は私の命がほしいのだろう」
サドルはこうも言っている。マリキはイスラムそのものを破壊する気だと。そりゃあそうだ。マリキは元CIAという噂だもの。暗殺チームをすべてマハディの仕業にして、今までの拷問殺人の罪をサドルになすりつけようとしているのはみえみえ。おバカなサドル。権力にすりよるからよ。

イラクはイラン製品のボイコットが進み、南部と東部をのぞきイランの商品がなくなったらしい。反占領という意味では反イラン運動というのも理解できる。

カオス(混沌)は「希望」だと私の尊敬するある人が言ったが、私もそう思う。楽観的かもしれなけれど、少しずつ解決に向かっていると信じている。

一日も早く米軍が撤退することを願うばかり。増派などという無謀なことをやめるべきだ。
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by reem-akemi | 2007-01-24 00:30 | エジプト
2007年01月20日

インターネット接続で苦労していたが、時計を見たら11時。イラクの友人Sが来る時間なのでロビーへ。

少し痩せて(やつれたというほうが当たっている)現れたのに少々驚く。その後彼の家へ行く。タクシーで5分ほどだが、案内されたのは見るからに貧しそうな地域。バグダッドでも高級な地域に住んでいたのにと思うと何もいえなくなる。「バグダッドは大きな家だったけど、小さくなってしまった」とエレベータに乗りながら話す。電気もない暗いロビーの4人も乗ればいっぱいになりそうなエレベーターで2階へ。

「みんな驚くぞ」といい、ドアを開けると彼のワイフが出てきた。なんだかさらに痩せたみたい。子どもたちはすっかり大きくなっていて、2003年当時赤ん坊だった女の子は3歳半になりアラブの女の子に特有の黒い瞳が愛らしかった。抱きついてきたので優しく抱きしめたけど、こんなに大きくなるまでアメリカの占領が続いていることを具体的に見たようでなんとも言えず悲しくなってきた。グランマは?という私の質問にお祖母さんが現れた。思わず手を握って「お元気でしたか?」と言うと優しく手を握り返してきた。小さく冷たい手が心細かった。

広さは3LDKほどか。。。バグダッドの彼の家はブランコのある広い庭、PCがおいてあった大きな書斎、家族が団欒するリビング、大きな冷凍庫があった台所、バスルームは1階と2階それぞれに。私が泊まっていたのは2階の部屋ーーキングサイズベッドがど~んと置いてあり、そこから屋上に出られるようになっていた。
お祖母さんも家が小さくなったことを嘆いた。けれどバグダッドはと、右手を自分の首にあて、首を切るような動作をした。そして左腕のなかほどに右腕を置いた。斬首がたくさんあるという意味だ。

バグダッドだけではないようだ。彼らが言うには今日もカイロでイラク人が殺されたらしい。ここエジプトには80万人のイラク人が逃れてきている。本当はもっと多くの人がエジプトに入ることを希望しているが、エジプト政府がイラク人に入国を拒否している。

エジプトに無事に入ったからといってhappyな生活が待っているわけではない。エジプト人でさえ働き口がないのだ。イラク人がそんなに簡単に就職できるわけがない。結局、貯金を切り崩して生きていくのが精一杯。

それでもここは水道もあり電気がくる。何より爆発・殺人・拉致がない!そして米軍がいない!!!
子どもたちを安心して学校へ送れる。

彼は近いうちに家族をカイロに残して自分はバグダッドに戻りたいという。仕事をしたいし、何より人々のために何かしたいと。

テレビを見ていたらクルド人虐殺の公判がライブ中継されていた。いまやイラクのテレビ局は24もあるらしい。公判は政府系テレビのイラキーヤが中継。
と、彼が大きな声で叫んだ。
「この人知っています」
「え?どの人?」
彼は原告の一人を指差した。
「この人は当時の科学大臣で、私のボスです。なぜこんなことになるのか、私には理解できません。彼はとても良い人です」

友人は23歳のときに父親を亡くし、7人の姉妹と母親を彼一人で扶養していた。ある日、理由もなく彼の給与が下がり生活に困窮してしまい、当時の上司(間接的な)であった科学大臣(原告)に直訴した。これを聞いた大臣は友人の直接の上司を呼び、給与を下げた理由を問いただし、彼の給与を元に戻すこと、その仕事を終えなければ帰宅してはならないと命令した。

つまり、原告である科学大臣は公正な人であるというのが友人の言い分だ。
サダム・フセインの裁判もそうだが、今のイラクで行われているこれらの裁判はもはや裁判とはいえないものだと私は思っている。どれもこれもサダム政権に対する復讐。殺すことが目的で真実が何もわからない。

裁判とは真実を解明すること。でも、一体どれだけのことがわかった?サダムは殺され、サダムの側近たちも先週処刑され、何もかも、すべて闇に葬られてしまったではないか…。アメリカにとって都合の悪いことは永遠にわからなくなってしまった。

カイロに住んでいても彼らの意識はいつもイラク。家財道具一切を捨て、飛行機で逃げてきたのは他のイラク難民から見れば幸せなのかも知れないけれど、虚ろな彼らの瞳を見れば決して幸せでないことがわかる。

彼らの戦いはまだまだ続く…。
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by reem-akemi | 2007-01-20 12:16 | エジプト
メールの読み方ーーミスリーヤ②1月9日 7時半ころ起きる。LANではないようで、インターネット接続が難しい。ダイアルアップ接続だとこのホテルの電話番号が必要だ。困っているとクリーニングのおじさんが来た。インターネットに接続できないと言ったらすぐにエンジニアを呼ぶとフロントに電話をしてくれた。ずいぶん待ったのちに来たおじさんは、部屋の電話線をPCにつなげてこれでOKだと言った。それはそうだけど設定の問題が…。でもこのおじさんにこれ以上言っても無駄そうなのであきらめた。

で、PCをもってフロントへ。ホテルのパスワードを教えてくれと言ったら、それはマネージャーしか知らないので待ってくれといわれ待つこと30分。来たのはマネージャーではなくホテルのインターネット関係の仕事をしている人だった(本人からの自己紹介)。見るからに神経質で、それらしい。つまり「おたく」っぽい。

不思議なことに世界中どこへ行ってもITおたくの雰囲気は同じ(「おたく」の人、ごめんなさい!)。なぜだろう?????彼は日本語が読めないにも関わらずなんとか設定をしてくれた。電話番号はフリーだからパスワードは必要ないとのこと。う~~~ん、そうなのかなあ。。。部屋に戻って電話回線をつなげ接続してみるとPCの向こうで「May I help you?」という声が…。彼、どこに繋げたのだろう???こちらが何も言わないので(PCだもん言うわけない)、回線を切った音が…。その後PCからはプープーという音が虚しく響く。やっぱりダメだ!

 PCの接続をあきらめた私、その後、すばらしい方法に気がついた。携帯のYahooサイトからメールボックスを開き、メールを読むのだ。以降これ一本で日本のニュース、メールを時間の許す限り読んでいた。ただし、この方法返信に苦慮する(^^;) 
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by reem-akemi | 2007-01-20 00:30 | エジプト

ミスリーヤ①

2007年01月17日
ミスリーヤ①本日帰国。学校が22日から始まるので、大忙しの旅行でした(^^)

以下、思いつくままの私の旅行記です。
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1月8日 成田を2時に出発。ミラノについたのは12時間後だから日本時間で夜中の2時。ミラノ時間午後6時。それから待つこと4時間。本当に長い時間だった…。疲れ果てて9時50分のカイロ行きに乗る(日本はもう朝だ)。それまでほとんど寝ていないので頭痛が激しく成田で買ったアスピリンをミラノのトイレの水で飲む(何も食べたくなかったから)。アスピリンがとても役にたった。カイロ行きに乗ってからは安眠マスクをしたのでぐっすりと眠れた。

私の前の席に大成建設の男性が乗っていた。こんな真夜中に出張だろうか…。日本の建設業界の人は世界中で働いている。本当にご苦労様!
アジア人は(というか日本人は)は私たち2人だけ。あとはアラブ系と思われる人ばかり。ミラノ行きは日本人旅行客でいっぱいだったのに、やはり中東は日本人の関心が薄いのだろうか。。。

エジプトへ行くにはいろいろな路線があるが、この路線はあまりよくない。消耗がとても激しい。これからはカイロに行くときはエジプト航空の直行便にしよう。少々高いけど見合う高さだ。

空か見るカイロの街はオレンジの灯りが美しく広がっていた。そして、真っ暗な街の外側に薄暗い緑の林と暗い湖(?)が。空港にはイラクの友人の連絡でタクシーの運転手が迎えにきていたが、真夜中だというのに大勢の男たちが到着口にひしめいている。迎えなしにこの人ごみを歩くのは至難の業に思える。ーーーイスラムの国というのはどうしてこうも男ばかりなのだろう…。

空港からまっすぐにハイウェイを飛ばす。日本は何もかも清潔で高級だけど、道路はB級だ。とにかく狭い。狭いから車のスピードが出せない。日本の建設業界が作ったイラクの道路は広くて立派なところを見ると技術的な問題ではないのだろうが、どこの国も空港からの道路はとても素晴らしいから、外国から来た人が日本の道路を初めて走ったとき、日本は小さくて狭い国という印象を持つかもしれない。

ホテルに着いたのは4時近かっただろうか。門番をたたき起こし、ゲイトを開けてもらう。運転手には20ドルを渡してくれといわれていたので、そのまま何も考えずに渡したが、エジプトではけっこうそれは良い値段だというこを後で知る。
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by reem-akemi | 2007-01-17 20:53 | エジプト

エジプトへ行きます

2007年01月08日

ネグロポンテがイラク政策の中心に据えられ、現イラク大使のハリルザードが国連大使になりますね。

いよいよ最終決戦なのでしょうか。
私はどこまでもイラクの反占領を戦う人々を支持していきたいと思います。

明日からしばらく日本を離れてエジプトへ行きます。アメリカではこのブログにうまくアクセスできませんでした。なので、今回もポスティングできないときはしばらくお休みとなります。

ポスティングできることを祈って、今日はもう寝ます(--)Zzz
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by reem-akemi | 2007-01-08 00:10 | 日記

ムクタダ・サドル?

2007年01月07日

今日、送られてきたURLを開いてビックリした。サダムの首に縄をかけた人物は、な、なんとムクタダ・サドル!!!(ホントかしら?)

http://www.iraqirabita.org/index3.php?do=article&id=6782

このURL、賞味期限があるかも。早めに見たほうがいいです。

この人物が「くたばっちまぇ!」(直訳すると「地獄へ行け!」)とサダムに言ったのだろうか?
とすると、サダムが「それがお前の男らしさか…」と言ったこともすべて納得できる(^^)

さらにハッと気がついたことが。処刑のときに「ムクタダ万歳!」とムクタダ・コールが起きたこともすべて理解できました。まるで舞台に上った役者のようにムクタダ・サドルは意気揚々としていたのでしょう。
(想像のしすぎ?)

サドルはサダムを処刑した縄を持っているそうです。

でも、これってマリキとCIAが仕組んだ罠じゃないの?サドルさん。
次に処刑される人間は、サドルさん、きっと貴方よ。

来週にもサドルシティのマフディ軍掃討作戦が敢行されるようです。----こうして米軍は反米勢力をつぶしていき(--;)、最後に残るのは一体誰でしょうか?????
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by reem-akemi | 2007-01-07 20:56 | iraq

文章を書くということ

2007年01月04日

今日はもう1月4日。猶予はあと1日。。。。
やっと原稿の3ページ目に進んだ。1ページを1600文字に設定してあるから3000文字書いたということ。ほっ♪

資料を我が師匠・松井やよりがやっていた方法で集めていたが、これは今のIT時代には不向きだということがこの頃わかってきた。なので、この頃は気にいったフレーズ、参考になりそうなことがあるとPCの中に入れてしまう。

おかげで紙資料がなくなった代わりにPCが満杯(^^:)。URLの保存は、これはいただけない。ニュースなどは消えてしまうことが多いから。面倒でもwordにしておく。もしPCが破損したら、と思うとこれの保存も考えておかなければならないけど、情報には賞味期限があり、歴史が動くスピードは私たちの思考を超えていく。そのときは諦めるしかないだろう。

時々趣味で翻訳をしている。2年間翻訳家の人たちの仕事を見て、3年目になって初めてやってみた。「門前の小僧習わぬ経を読む」。この2年間は私にはとても良い勉強だった。なんということはない、翻訳とは“日本語”の問題だと思った。それから、書く人の背景を知ること。だから私にはイラク関係の翻訳しか出来ないし、それ以外をする気にもなれない。

私の一番好きな翻訳本は「小林秀雄譯・ランボオ詩集」。小林秀雄もランボオも若いとき最も影響を受けた存在。小林秀雄の文章は混乱した頭を整理するのにとても役立った。手当たり次第に彼の本を読んだが「本居宣長」で挫折。私の頭脳と教養がついていけない(^^:)。
後年、彼が一行のフレーズを書くのに、原稿用紙を前にのたうちまわっていたと彼の妹さんが書いていたのを読み、小林秀雄という人物が私にはより近しい存在になった。
小林秀雄さえそうなのだから、凡人の私など…。

#この文章はミクシィのブログと重なります。
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by reem-akemi | 2007-01-04 13:06 | 日記