毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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アルハナン

2007年06月28日

ハンディキャップ施設・アルハナンの写真を掲載したことを覚えているだろうか?
http://blogs.dion.ne.jp/hope/archives/491846.html

にこやかな笑顔を見せていた彼らが2年後にこのような悲惨な状態になるとは…。

http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2242287/1710122

【6月20日 AFP】イラクの基準から見ても衝撃的な映像だった。骨と皮のようにやせ細った20人以上の子どもたち。ベッドに縛り付けられたり、排泄物の上で身もだえしたり、一見死んだように見える子どももいる。

 これはイラク駐留米軍とイラク軍が先週、バグダット北部にある障害児のためのal-Hanan孤児院を捜索して目の当たりにした、悪夢のような光景だ。米CBSテレビが19日のニュースで伝えた。

 CBSで証言した米軍関係者は、「何人もの子どもが床に横たわっていた。みんな死んでいるように見えた。子どもたちの注意を引こうとしてボールを投げると、1人の子が頭を上げて首をかしげたが、また横たわってしまった。それで生きていることが分かった」と語っている。

 al-Hananは政府が運営する施設で、駐留米軍が見つけた少年は24人。米軍広報によると、イラク軍が発見し、米軍の支援で孤児を救出、手当てを受けさせた。多くはひどい虐待を受けた跡があり、十分な食べ物も与えられていなかった。子どもたちはその後、養護施設に送られたが、医師の診断で当初死んでいると思われた子も1人いたという。

 「大量のハエが体にたかっていて、体はまったく動かすことができなかった。生きていることを確認するため、頭を持ち上げて傾けてみなければならなかった。目だけが動き、口の中も、目も、鼻も、耳もハエだらけで、コンクリートの床に寝てできた傷にたかっていた」(前出の米軍関係者)。

 これとは対象的に、施設職員用のオフィスは設備が整い、キッチンの棚は食料でいっぱいだったとCBSは伝えている。

 イラク首相府は、ヌーリ・マリキ(Nuri al-Maliki)首相が施設職員の身柄拘束を命じ、調査の実施と責任者の処罰を約束したと発表した。

イラク保健省はイラン系シーア派民兵が牛耳っている。イラク政府はこうした民兵たちをただちに処罰して、政府としてやるべきことを実行してほしい。
腐りきっているイラク政府にこのようなことを要求しても無駄なのかもしれないが、でもあまりにひどすぎる…。石油の収入を自分たちの私腹を肥やし民兵を雇うことに使ってないで、イラク人のために使ったらどうなの!!!
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by reem-akemi | 2007-06-28 00:11 | iraq
2007年06月26日
渡野喜屋(とのきや)事件をめぐって-①6月23日は沖縄慰霊の日。産経新聞は「沖縄戦集団自決 文科省は検定方針を貫け」という社説を載せた。
文中、『沖縄では、集団自決の後、住民を巻き込んだ地上戦が展開され、軍民合わせて18万8000人が戦死した。このうち、沖縄県民の犠牲者は12万人を超える。』としているが、住民の犠牲者に対する日本軍の責任を回避している社説の主張を前提に読むと、住民はまるで流れ弾に当たって亡くなったように読める。はたしてそうだろうか?

宇土部隊が残した日本軍の記録はすさまじい。結局、米軍が上陸した沖縄は二つの軍隊(米軍、日本軍)に占領され、人々はその間を翻弄されつつ生きていたのだ。

以下、小論を掲載します。
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渡野喜屋(とのきや)事件をめぐって
  -沖縄における日本軍の戦争責任-

 ・避難民を虐殺する
1945年3月26日、慶良間(けらま)諸島に上陸した米軍はそこを足場にして、4月1日、1500隻の艦船と1700機の航空機、延べ56万8千人の兵員をもって読谷(よみたん)、嘉手納(かでな)、北谷(ちゃたん)に上陸。1週間後名護まで侵攻していく。米軍が上陸した地域の住民は戦火を避け沖縄北部へと避難する。私がこれから書こうとしているのは読谷の人々が避難していった大宜味村渡野喜屋(白浜)部落での日本軍による虐殺事件である。
 北部への人々の移動は悲惨を極め、そのときの様子を森杉多氏(当時、宇土部隊東郷隊)は以下のように語っている。

那覇近辺から10数日をかけて北部の指定町村にたどりついた避難民集団は、食料は得られず、衣服は破れ、老人は落伍し、病人は薬もなく行き倒れとなりました。背に腹はかえられず、食べ物を求めて村は荒らされ畠は掘り返され、山羊などの家畜は盗まれました。集団に後(おく)れ、杖をついて山道を急ぐ老人男女は道端にうずくまり、そのまま死んでいきました。道に迷った幼児も栄養失調で動けなくなりました。赤ん坊を背負った上に、幼児の手を引き、毛布や鍋やゴザなどを持つ若い母親は、ツワブキなどでは乳が出なくなり、乳呑児より先に息絶えました。

当時北部戦線を守備していたのは第32軍第44旅団第2歩兵隊長宇土武彦大佐のひきいる国頭支隊(約3千名)、通称宇土部隊である。八重岳の戦闘(4月13~18日)で敗れた宇土部隊は国頭(くにがみ)の山中にもぐり地域住民の食糧を強奪しながら潜伏活動を続けていた。

5月10日、渡野喜屋部落の避難民は米軍から食糧を支給されスパイを働いているとの地域住民からの密告を受けた宇土部隊の東郷隊長は2人の兵士(藤井兵長、松尾兵長)を調査に向かわせた。2人を案内したのは地元の少年である。ところが渡野喜屋部落で兵士たちは米軍につかまり連行される。その報告を少年から受けた部隊は避難民が彼らを米軍に売ったと理解し、米軍の来襲に備えた。

5月12日夜間、不安と恐怖にさいなまれた宇土部隊は渡野喜屋部落を襲撃し3人の男たちを連行、さらに近くの浜辺に残りの避難民家族を集め手榴弾を投げ込み、35人を殺害し15人に負傷を負わせた(そのほとんどが女性と子どもである)。
連行された3人の男たちは、それぞれ「頭目」、「ハワイ帰り」、「陸軍上等兵」などと呼ばれ、慶佐次(けさじ)川の河原で早朝から昼過ぎまで尋問された。注目すべきは3人の男たちを「捕虜」として扱っていることである。以下、森氏の証言より。

こうして12日夜、東郷隊は下野と私ともう1名(名前忘失)の3名を残して渡野喜屋避難民を襲い、翌早朝、3人の「捕虜」を後手に縛って連れてきた。下野と私は凄愴の気を漂わせて厳命する曹長らから「捕虜」を受け継ぎ、慶佐次川右岸の珍しくその辺りだけ広い河原で、3人を監視することになった。その監視は早朝から昼過ぎまで続けられ、その間に1人ずつ隊長の訊問が河原の奥深くにある隊長宿舎で行われた。

その後、部隊長の命令を受け、川下の雑木林に刑場が準備され、一人ずつ斬首と刺突により処刑される。
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by reem-akemi | 2007-06-26 21:09 | 沖縄

毎日新聞の記事から

2007年06月22日

今朝から電車が止まり学校に行けずPCの前でネットサーフィン(^^)
と、以下のような記事を発見。ところがこの記事には大きな誤りが2ヶ所あった。優秀な明珍さんにしては珍しい。すぐ彼女にメールで連絡したが訂正を新聞が入れるわけがないので私がここで訂正を入れておくことにします(こういうとき署名記事って厳しいわね)。
#それにしてもリバーのブログが評判をよんだのは2004年頃のこと。リバーがバグダッドを出たであろうこの段階で紹介記事を書くなんて彼女らしくない。というか、イラクの状況を書きたいのか、何を書きたいのかよくわからない。恐らく混迷しているイラクの状況をこのブログから読もうと取材したのだろうが、中途半端な記事に終わってしまったと想像する(^^;)

間違いの箇所は
1 >当初、年齢は26歳とあったが詳しいことは明らかにされていない。
  2003年当時、リバーの年齢は24歳。

2 >支援の気持ちを込めて本の印税を贈る計画を立てている。
 リバーの印税は私がこの活動をしていた時点で数回イラクに送っている(2004年刊行分はすべてイラクに送付済み)。この記事を読んでなおかつイラク支援をこの本で行なってくれた人には誤解を招く内容だ。
 もっとも大きな支援はラエドのファルージャ支援に対する寄付。それから、プロジェクトが解散してから行なったのがリバーの友人の遺族に対する支援。この2件はリバーベンドも承知している印税の使い方。
 自分より貧しくて苦しんでいる人がいるのに印税を受け取ることなど出来ないと云ったリバーの意思を受け、その約束を実行できたことは私には大きな喜び。それはこのプロジェクトに関わった人間の誇りでもある。
 メディアは正確に報道してもらいたい。もっとも、取材される側が解散した「リバーベンドプロジェクト」の活動にふれることを拒んだのかもしれないが…。

以下、記事の一部引用
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070619-00000023-mailo-l13
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 ◇バグダッドの「長い悪夢」
 混乱の続くイラクで、一人の女性がつづるブログ(日記風の簡易式ホームページ)が関心を集めている。爆撃や武装集団が横行するバグダッドの現実を英語で発信。さらに日本の女性たちがそれを邦訳して応援している。翻訳チームの一人、公務員の山口陽子さん(43)=品川区=は「イラクの人々の状況に関心を持ってもらえれば」と話す。【明珍美紀】
 「私はイラク戦争前のバグダッドを覚えている。隣人の宗教や宗派なんて誰も気にしなかった」「私たちの生存は尋問でやめたり、夜中に家宅捜索する覆面のグループによって決まってしまう」
 4月26日、約2カ月ぶりに更新されたブログの内容だ。米・イラク軍合同統治下で宗派抗争が激化。人々の生活は困難を極め、バグダッドにとどまることを「長い悪夢」と表現する。
 この女性は米英軍のイラク攻撃が始まって5カ月後の03年8月、「リバーベンド」のペンネームでイラクの現状をつづり始めた。当初、年齢は26歳とあったが詳しいことは明らかにされていない。
 ー中略ー
 「アメリカの犠牲者3000人に対し、イラクの死者10万人以上。そのほか何万人もが拘束され、尋問と拷問にさらされる」(05年9月11日)。
 「イラク戦争の始まりから、3年が経過した。占領と流血の3年」(06年3月18日)――。
 ー中略ー
 「一日も早くイラクに平和が訪れ、彼女に会える日が来るといい」と翻訳チームの女性たちは願い、支援の気持ちを込めて本の印税を贈る計画を立てている。

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by reem-akemi | 2007-06-22 14:28 | リバーベンドプロジェクト
2007年06月21日

渋谷で起きたシエスパの爆発事故で私が思ったこと。それは、イラクではこのような爆発が連日あちらこちらで起きているのだということ。ビルで、道路で、モスクで、一日3~4ヶ所起きることもまれではない。やっぱり、どう考えても「地獄」だよなぁ。。。でも、それを行なっているのは、人間!!!渋谷と違うのは事故ではなく恣意的かつ計画的に行なわれていること。

アラビアニュースhttp://groups.yahoo.co.jp/group/arabianews/からの転送です。これが事実とすると、米軍とアルカーイダは結びついているということ?(アルカーイダとは軍事作戦の名前だという話もある…)
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米軍は多くのイラク人受刑者を拷問で協力者に仕立て上げ爆破や暗殺に活用

 米軍はイラク人の住宅に強制的に踏み込み連行し、刑務所にぶち込み、拷問・脅迫し、密集地での爆破や知識人の暗殺など汚れ仕事で米軍への協力を迫ると、ブカ刑務所元受刑者が赤裸々に米軍刑務所のどす黒い実態を明かした。これはイスラエルがパレスチナ人に対してとっている手法と同一である。イラクの著名なウェブ・サイト「イラーキ・リーグ」が報じた。
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 本紙はイラク国外の通信員を通じブカ米軍刑務所の元受刑者と単独インタビューを実施し以下の証言を得た。「仕掛け爆弾・爆破・特に学識経験者を標的とした暗殺作戦実行のために米軍は受刑者多数を徴募している」

 「私がブカ刑務所拘留期間中に、米軍指揮官らはイラク治安機関と協力し、あらゆる手段を用いて受刑者を拷問、脅迫し、金銭などの約束と引き換えに米軍の協力者となるか、もしくは長期間の拘留及び拷問を受刑者に選択させたものだ。それにより幾名かの受刑者は困難な精神状態に陥り、信仰心は衰え、絶望感が支配し現世的欲求に抗することが出来なくなり、米軍やイラク政府の宗派的治安機関の手先と成り果てる」

 「宗派主義を激化させる目的で住宅密集地域などで爆破作戦を訓練する組織や、暗殺や知識人などの拉致を専門に訓練する組織など、米軍には受刑者で編成された訓練部隊がいくつもある」

 自己に関する一切の情報の秘匿を希望するこの元受刑者は、「刑務所の状況は悲劇的で、多くの受刑者は劣悪な環境と絶え間ない拷問に苦しんでいる。大半の受刑者は若者なのは、米軍の汚れ仕事を代行する道具として、管理が容易だから」と明らかにした。

 「ブカ米軍キャンプで会った殆どの者は無実だ。米軍とイラク治安機関は住宅に踏み込み、男たちを逮捕し、殆どの場合彼らを砂漠地帯へと連行し、容疑の証拠作りに武器・弾薬を逮捕者の脇に置いて証拠写真を撮影、刑務所に連れ去る」

 本紙がブカ刑務所から釈放された別の元受刑者から得た情報によると、「刑務所当局は刑務所内でアルカーイダに、若者(その多くはスンナ派)徴募を許可し、過激派に走らせている」という。

 具体的には、アルカーイダ指導者らに刑務所内キャンプの運営させ、受刑者にアルカーイダへの忠誠を誓わせ、宗教勉強会を開催させるのだ。刑務所当局は必要ならば武力も用いて、受刑者の人道的な最低限度の要求さえ押さえつけていながら、この勉強会は米軍周知の下で、干渉も皆無だ。

 注意しなければならないのは、無実の罪で刑務所へ連行された多くの若者は、元々は何の宗教義務も実践していないにも関わらず、過激な唯我独尊思想に脳が染まりきった状態でしか出獄出来ないのである。

http://www.iraqirabita.org/index3.php?do=article&id=8997
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by reem-akemi | 2007-06-21 00:07 | iraq
2007年06月16日

f0189799_1958679.jpgカーシムが日本を訪れ、各地に非暴力の大切さを訴えてから、早くも2ヶ月が過ぎた。ここに彼へのインタビューを掲載し、彼が残したものを検証しようと思う。(市民の意見ニュース102号に掲載済)
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カーシム・トゥルキ氏に聞く
  今、イラクでは何が起きているのか?

―イラクでは宗派間抗争が行われているといいますが、実際はどうなっていますか?

カーシム: イラクにおける宗派間抗争は組織化されたグループによって行なわれています。グループとはシーア派民兵とイラク警察のことです。彼らはスン二派をバグダッドから追い出そうとしています。組織的に行なわれている暴力に一般市民は関与していず、政党に属する兵士たちが計画的に行なっています。
 政党(註 シーア派政党)は彼ら(註 シーア派民兵)を利用して権力を維持しています。僕には二人の従兄弟(イトコ)がいますが、バグダッドのシーア派とスンニ派が混在する地域で一人が殺されました。彼はイラク警察に拘束された数日後に死体で発見されました。従兄弟を殺したのはシーア派の市民ではなくイラク警察(註 その多くがシーア派民兵で構成されている)です。従兄弟は計画的に行なわれた宗派間抗争で殺されたのです。
 僕はイラクの一般市民の間に宗派間抗争があるとは信じていません。宗派間抗争といわれるものはイラク政府によって計画的に組織化された作戦だと思ってます。

―そうするとラマディでは宗派間抗争がないということですか?

カーシム: はい、ラマディではこのような宗派間の対立はありません。ラマディにもシーア派の家族が住んでいますが、僕たちスン二派とは良い関係です。まったく問題はありません。西欧のニュースでよく宗派対立が報道されますが、ラマディではスンニ派もシーア派もまったくノーマルな状況です。ラマディで僕たちが抱えている最大の問題は、米狙撃兵による一般市民への銃撃と掃討作戦による民家への攻撃です。

―では、これらの暴力の負の連鎖を止めるにはどうしたらいいと思いますか?

カーシム: まず米軍の掃討作戦をただちにやめること。それから、戦後米軍によってもたらされた現イラク政権(註・現イラク政府閣僚は亡命イラク人が多い)を変えること。僕たちは現政府が宗派抗争をサポートしていることに不安を抱いています。彼らは石油からの収益で民兵を雇い、バグダッドなどで自らの権力を誇示するために働かせています。
 イラク政府を変えることが平和に近づくより良い方法だと信じています。なぜなら今のイラク政府には多くの敵がいるからです。さらに大事なことは、米軍がイラクから撤退することです。なぜなら現在、僕たちの家、道路、学校、大学その他すべてが米軍によって危険にさらされ、工場もなく、仕事もありません。大事なことは、将来にわたって僕たちが何を必要としているかを明らかにすることです。
 米軍の掃討作戦が行なわれない日はなく、僕たちは疲れました。続けられている掃討作戦に報復を図る人びともいますし、報復を支持する人びともいます。

―イラクの3分割をどうとらえますか?

カーシム: イラクの分割はすでに戦前ロンドンで行われた政治会議(註・2002年12月ロンドンで現イラク政府の閣僚と米政府、CIAがイラク問題で会議を持った)で決められていました。彼らはその会議でイラクをシーア派地域、スンニ派地域、クルド地域に分けることに賛成しました。石油、水、その他天然資源の分割など、すべてはそのときからすでに始まっていました。
 イラク中部の都市カルバラはイラクの中でも最大の街です。ここに住む人は燃料、水、電気その他さまざまなサービスを望んでいます。また大きな油田を持つバスラは石油都市ですが、そこに住む人びとはイラクの他の地域と同じように燃料を享受できません。
 僕たちは自分たちのために自由に石油を使うことは出来ないのです。なぜならすべての政治勢力が石油生産を管理下に置き収益を分配しているからです。彼らはイラクの良き未来を望んでいません。イラクを分割すれば民衆を管理しやすいからです。また、クルド人はイラク北部に住んでいますが、トルコは決してクルド人の国家を認めないでしょう。イランも同じようにイラクをコントロール下に置きたがっています。アンバール州はイラクの中で30%を占める広さで、そこにはユーフラテス川が流れています。しかし、今アンバールでは水をめぐって新たな問題が起こっています。
 なぜイラクを分けなければならないのでしょうか? 戦後たくさんの政党が出来ました。けれどもその多くは利権によってアメリカの支配に組み込まれています。また政党とは関係ない独立した組織として保健省があり、同じように石油省と国防省があります。これらはまったく別の特別な組織です。たとえば、保健省はシーア派のサドル(註・ムクタダ=アル・サドル)のマハディ軍の支配下にあるので、病院は惨憺たる状況です。スン二派、クルドは病院から追い出され、ときにはシーア派さえ攻撃の対象となっています。

―では、イラクの地下に眠る資源は誰のものだと思いますか?

カーシム: 僕はイラクの地下にあるすべての天然資源はイラク人のものだと思います。分配するなら、戦争のためでなく、平和のため、正義のために使うべきです。そしてすべてのイラク人のために使うべきです。

―石油の分配はすべてのイラク人に公平にということですか?

カーシム: えぇ、すべてのイラク人のために。新石油法を現イラク政府は制定しようとしていますが、政治家の中にも賛同していない人が数人います。アンバールの人びとも賛同していません。アンバールには石油がないからです。国営で発掘運営され公平に分配してきた15年前からのシステムを今の政権が行なおうとしているシステム(註・それぞれの地域が外資を導入して行なう民営化による石油開発)に変えるのは問題です。
 僕たちはこのような変化を望んでいません。このように石油を分割する方法はネガティブです。それぞれの地域で、たとえばバスラの石油をバスラの人にということだったら、800万人の人がいるバグダッドはどうなるのでしょうか?

―新石油法は通ったのですか?

カーシム: いいえ、まだです。僕たちはまだその法律を見ていません。イラク政府は決して新石油法を僕たちに見せません。だからそれがどんな法律かわかりません。新聞の報道で知るだけです。ちょうど憲法の制定時に似ています。憲法もほとんどの国民が知りませんでした。イラン人であるシスターニ(シーア派の最高指導者)とか、ごく少数の人間たちだけがイエスといいました。僕たちは憲法についても不安を抱いてました。イラク人は現体制を変える機会を失いました。 憲法改正は多くの国民にとって重要なことなのに、僕たちはそれについて内容を知らされずイエスかノーかという選択を与えられただけでした。
(インタビュー4月18日)

カーシム・トゥルキ氏(30歳)のプロフィール
 1976年11月27日生まれ。イラクアンバール州ラマディ在住。イラク戦争中は共和国防衛隊に所属。戦後CNNテレビ(米)などメディアのガイド兼通訳として活動。2003年12月から「イラク青年再建グループ」を主宰。現在は日本人との共同プロジェクト「ファルージャ再建プロジェクト」を指揮する。これまでに学校などの修繕工事、診療所開設、避難民への緊急支援などを行なっている。
 昨年はラマディの様子を英語で記したブログがアメリカを中心に話題となるが、それを理由に再度米軍に拘束された。2007年3月末来日し各地で非暴力の活動の重要性を訴え反響を呼ぶ。
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by reem-akemi | 2007-06-16 23:14 | イラク・ラマディから

パッチギ

2007年06月03日

パッチギの続編を観た。
http://www.pacchigi.jp/loveandpeace/

あまり良い批評がなかったので観ていなかったが、ある人の「素晴らしい映画だ」という言葉に誘われて昨日観てきた。60年代末の若者たちをテーマにした前作は私たちの世代にとっては懐かしく、観ながら当時のことを思い出すという映画だったが、今回の作品は「今の時代」に対するメッセージ性が強く、前作を上回る素晴らしい出来だ

久しぶりに「観た!」と思う映画であることは確か。映画がこんなに面白かったのかと再認識する。それもこれも井筒監督の手腕によるのだけど、映画作りをよく知っている人間が作った映画というのは本当に面白いのだということを改めて思った。
この頃の映画はスピード感とか音楽、構図などがテレビの延長で1800円払う価値がないと思うものばかり。特筆すべきはパラオの日本軍基地を襲撃する米軍のリアルな映像。戦争がいかに残酷なものかということをイヤというほど見せる。血が臭ってくるような映像だ。下半身が吹き飛び「オモニ」といいながら息絶える朝鮮兵の哀れさを私たちはどうしたらいいのだろう。

この映画を「反日」的だという人がいるそうだ。「日本」あるいは「国家」に拘る人間にとって監督のナショナリズムへのチャチャは彼らの神経をさかなでするのだろう。でも、私は監督の感性に共感を持つ。私たちにとって何よりも大切なのは人間であって、国家ではない。

パラオの日本軍が造った社(やしろ)を米軍の飛行機が破壊するところは思わず「やったぁ!」と心の中で叫んでしまった。国家主義を粉々にくだいたようで快感だ。

私は自分が暴力的な人間ではないと思っているが、鬱屈した気持ちを吐き出すように殴りあう若者たちの気持ちを理解できる。暴力の生まれる環境は結局、そういうことなのだろう。

日本は日本人だけが住んでいる国ではない。無理矢理大陸から連れてこられた朝鮮の人たち、北海道に住んでいたアイヌの人たち、文化が違う人々と文化を共有しつつ、彼らの生きる権利を保障しつつ、ともに生きていかなければ私たちはレイシズムを国策としているイスラエルと同じだ。

国民とは何か?国家とは何か?あらためてその言葉の意味を考えたいと思う。

#以上、ミクシィの私のブログからの転記
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by reem-akemi | 2007-06-03 10:34 | 日記