毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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サダムの遺書

2007年12月31日

12月30日はサダム・フセインが処刑された日。1年前、私たちはインターネットに流れるその映像で「処刑」という名のリンチを目にした。彼は「ムクタダ万歳!」という怒号の中で、祈りの言葉を最後まで言うこともなく命を絶った。

そして先日、パキスタンのブット元首相が暗殺され、TVにその瞬間の映像が流された。またも繰り返されるあの言葉ー「対テロ戦争」。世界中が忘れないようにと今日はビン・ラディンの新たなメッセージまでもが流された。ご丁寧なことである。

私は「対テロ戦争」という言葉を聞くたび、その欺瞞性に笑ってしまう。9・11までその存在を誰も知らなかった「アル・カーイダ」。彼らは今や世界の敵だ。

そして、我が日本は「対テロ戦争」のために給油だけでは飽き足らず、アフガンの地に行こうとしている。日本の政治家が「世界」というとき、米・英・豪などの数カ国の白人国家に過ぎない。私たちの血を彼らのために流す必要などありはしないのに…。

一年経って、サダムの遺書を読む。かつては冷酷な指導者だったかもしれないが、指導者の指導者たる大きさを私はそこに見る。
(以下はイラク情勢ニュースから)

 皆さんはあなたがたの兄弟、指導者が意気軒昂であること、彼が暴君に屈服しなかったこと、そして彼を愛する者たちの願い通りに剣と旗を掲げ続けたことを既に知っている。

 このことは皆さんが兄弟、息子、あるいは指導者に求めたことであり、また皆さんの将来を導く者は同じ資質を備えるべきである。

 ここに私はみずからの魂をいけにえとして神にささげ、もし神が私の魂を殉教者たちとともに天国に送るのなら、あるいは神がそれを延期するのなら、私たちはそれを甘受するし神の意志に依拠することにしよう。

 神は皆さんが愛と許しと兄弟的な共存の体現者となるよう励ましてきたことを忘れてはならない。

 私が皆さんに憎悪するなかれと呼びかけるのは、憎悪は人が公正であることを妨げ、憎悪は皆さんを盲目にして思考する道を閉ざし、バランスのとれた思考と正しい選択をさせなくするからである。

 私はまた皆さんに私たちを攻撃した諸国の国民を憎むことなく、政策決定者と国民を区別することを呼びかける。

 皆さんは、侵略国民の中にも侵略に反対する皆さんの戦いを支持する者がいること、そのなかのある者はサダム・フセインを含む拘束者の法的弁護活動を志願したを知っておくべきである。

 誠実な国民の皆さん。 私は皆さんに別れを告げるが、私は慈悲深き神とともにあり、神は避難を求める人々を支援し、誠実で正直な信徒を決して裏切ることはない。神は偉大なり。神は偉大なり。イラク国民万歳。戦い続ける偉大なる国民万歳。

 イラク万歳、イラク万歳。パレスチナ万歳。聖戦と聖戦をたたかう戦士万歳。

サダム・フセイン

以下はサダムの遺書の英文版(BBCのニュースより)
*時間があったら訳したいと思っている。

In the past, I was, as you all know, in the battlefield of jihad and struggle.

God, exalted by He, wished that I face the same again in the same manner and the same spirit in which we were before the revolution but with a problem that is greater and harsher.

Oh beloved, this harsh situation, which we and our great Iraq are facing, is a new lesson and a new trial for the people by which to be judged, each depending on their intention, so that it becomes an identifier before God and the people in the present and after our current situation becomes a glorious history.

It is, above all, the foundation upon which the success of the future phases of history can be built.

In this situation and in no other, the veritable are the honest and faithful and the opposing are the false.

When the insignificant people use the power given to them by the foreigners to oppress their own people, they are but worthless and lowly. In our country only good must result from what we are experiencing.

To the great nation, to the people of our country, and humanity: Many of you have known the writer of this letter to be faithful, honest, caring for others, wise, of sound judgement, just, decisive, careful with the wealth of the people and the state... and that his heart is big enough to embrace all without discrimination.

His heart aches for the poor and he does not rest until he helps in improving their condition and attends to their needs.

His heart contains all his people and his nation, and he craves to be honest and faithful without differentiating between his people except on the basis of their efforts, efficiency, and patriotism.

'Sacrifice'

Here I am speaking today in your name and for your eyes and the eyes of our nation and the eyes of the just, the people of the truth, wherever their banner is hoisted.

You have known your brother and leader very well and he never bowed to the despots and, in accordance with the wishes of those who loved him, remained a sword and a banner.

This is how you want your brother, son or leader to be... and those who will lead you (in the future) should have the same qualifications.

Here, I offer my soul to God as a sacrifice, and if He wants, He will send it to heaven with the martyrs, or, He will postpone that... so let us be patient and depend on Him against the unjust nations.

In spite of all the difficulties and the storms which we and Iraq had to face, before and after the revolution, God the Almighty did not want death for Saddam Hussein.

But if He wants it this time, it (Saddam's life) is His creation. He created it and He protected it until now.

Thus, by its martyrdom, He will be bringing glory to a faithful soul, for there were souls that were younger than Saddam Hussein that had departed and had taken this path before him. If He wants it martyred, we thank Him and offer Him gratitude, before and after.

'The enemies'


The enemies of your country, the invaders and the Persians, found that your unity stands as a barrier between them and your enslavement.

They planted and grounded their hateful old and new wedge between you.

The strangers who are carrying the Iraqi citizenship, whose hearts are empty or filled with the hatred that was planted in them by Iran, responded to it, but how wrong they were to think that they could divide the noble among our people, weaken your determination, and fill the hearts of the sons of the nation with hatred against each other, instead of against their true enemies that will lead them in one direction to fight under the banner of God is great: The great flag of the people and the nation.

Remember that God has enabled you to become an example of love, forgiveness and brotherly co-existence...

I call on you not to hate because hate does not leave a space for a person to be fair and it makes you blind and closes all doors of thinking and keeps away one from balanced thinking and making the right choice ...

I also call on you not to hate the peoples of the other countries that attacked us and differentiate between the decision-makers and peoples...

'Forgiveness'

Anyone who repents - whether in Iraq or abroad - you must forgive him...

You should know that among the aggressors, there are people who support your struggle against the invaders, and some of them volunteered for the legal defence of prisoners, including Saddam Hussein...

Some of these people wept profusely when they said goodbye to me...

Dear faithful people, I say goodbye to you, but I will be with the merciful God who helps those who take refuge in him and who will never disappoint any faithful, honest believer... God is Great... God is great... Long live our nation... Long live our great struggling people...

Long live Iraq, long live Iraq... Long live Palestine... Long live jihad and the mujahideen.

Saddam Hussein

President and Commander in Chief of the Iraqi Mujahid Armed Forces

[Additional note:]

I have written this letter because the lawyers told me that the so-called criminal court - established and named by the invaders - will allow the so-called defendants the chance for a last word.

But that court and its chief judge did not give us the chance to say a word, and issued its verdict without explanation and read out the sentence - dictated by the invaders - without presenting the evidence.

I wanted the people to know this.
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by reem-akemi | 2007-12-31 01:10 | 政治・経済・国際情勢
2007年12月17日

「市民の意見」105号に掲載した私のエッセイ「ベイ・エリアの平和運動にふれて」を一部加筆してアップします。

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・メイキング・ア・キリング

  サンフランシスコはアジア人にとって居心地の良い街に違いない。入管手続きをする職員の顔を見てそう確信した。ほとんどがアジア系なのだ。空港全体にニューヨークで感じたような威圧感がない。街全体に流れる自由な雰囲気と人々の温かさ、何より環境に配慮した政治センスがとても良い。
 街には空港からサンフランシスコ市内を通り、リッチモンドあるいはピッツバーグなどへ行く「バート」と呼ばれる高速車両が走っている。「バート」は自転車に乗ったまま乗れるので、人々は自転車で(車を使うことなく)どこまでも行ける。また、バスの前方にも自転車を載せる設備があり、バートと同じように自転車での移動を簡単にしている。CO2の削減、原油高という昨今の環境問題、エネルギー事情を考えたとき、交通機関のこんな工夫は学ぶべき点ではないかと思えた。

 私が泊まったのはバークレーの隣町オークランド。宿の主はマイ・ステラというチュニジア人を父にベトナム人を母にもつ混血女性。彼女は自分の寝室を私に提供し、自分は恋人の家に泊まっていた。恋人はマレーシア人の小柄なイケメン(元女性)。マイ・ステラは身長170センチ以上のたくましい体格の持ち主で、両肩から二の腕にかけて見事な刺青が入っている。ある日二人はサンフランシスコの集会に出かける私を車でバートの駅まで見送ってくれた。何気なく二人を振り返ってみると、小柄なイケメンの彼がマイ・ステラに羽交い絞めにされて歩いていた(笑)。
 また、私が借りていた寝室の向かいの部屋の持ち主はオルタナティブ・メディアに勤めるニューヨーク出身の白人(元女性)。電話の声は女性なのに、私と話すときは低めの男性の声に変身する(!)。彼も小柄ながらマッチョな人で、いつも忙しそうに走り回っていた。笑顔がチャーミングな、これまたイケメンの人だった。

 ある日、私たち(今回の旅行の仲間たち)は「メイキング・ア・キリング」という芝居を観に行くことになった。場所はサンフランシスコ市内の公園。小高い芝生の丘から見下ろす形で芝居小屋がしつらえてあった。私たちは芝生の上にシーツを敷き、チーズや野菜・ナッツ類をひろげ周囲の人々と談笑して芝居が始まるのを待った。
 「メイキング・ア・キリング」とは「殺人」という意味だけでなく「金儲けをする」という意味もあるらしい。つまり戦争で金儲けをする人々のことを指している。誰を指すかは言わずと知れたこと!芝居はチェイニーとコンドリー・ザ・ライス(俳優は彼らの癖をとても良くとらえていた)がバグダッドに病院を建てては(復興支援活動)、それを破壊するという占領政策の実態を、主人公であるジャーナリストが国民にどう伝えるかで悩むという話である。劇中イラクにおける「劣化ウラン」問題、さらに復興建設資金で儲けるハリバートンの問題などにも触れ、私にとってはかなり嬉しい内容の芝居だった。しかもミュージカル仕立ての喜劇だから実に面白い。あの芝居で見ると、チェイニーは心臓が悪くペースメーカーを入れているらしい。ライスが自分の都合で器械を操作して何度もチェイニーを仮死状態にするシーンが繰り返された。

 観衆は静かに観ているのではなく、チェイニーのセリフに反応し、ブーイングで答える。結末は、主人公が「真実を伝えよう」と決心するところで終わるのだが、これを観ている限りではアメリカ人は想像以上にイラク占領の実態をわかっていると見た。この芝居が上演された数日後に選挙運動でオバマ氏が来たが、その熱狂たるやすさまじいものがあった。(最近の情報によると、オバマの選挙運動にオプラ・ウィンフリーが参加したらしい。12月9日のサウスカロライナの集会では彼ら二人を見るために2万9千人も集まった!!!)

 #オプラ・ウインフリーについてはここを参照(^^)

 それもこれもシリアスな今のイラクの状況を反映しているゆえんだ。今に始まったことではないが、「戦争」に対する日本と世界の温度差を私は痛切に感じる。イラクー日本の温度差だけでなく、アメリカー日本の温度差もかなり激しい。

 「伝える」ことは重要だ。政治的な言葉を並べるのではなくコミカルに風刺の効いた芝居で訴えるのは実に面白いし、かなり説得力がある。
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by reem-akemi | 2007-12-17 09:25 | 政治・経済・国際情勢

「デモ行進」って?

2007年12月16日

久しぶりのブログ(^0^)

さて、若者向けの雑誌「R25」を読んで驚いた。以下、その抜粋。
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「デモ行進」って
どうしてやっているの?
(2007.12.13)
写真提供/時事通信

都内で時折見かけることがある「デモ行進」。プラカードや横断幕を掲げつつ、「○○反対!」といったメッセージをアピールしながら歩いている。だけどネットを使えば、より多くの人に意見を伝えられるんじゃないかしら? どうして“行進”なんだろう。

「デモとは“デモンストレーション”。抗議や要求したい主張を掲げ、集団で示す活動のことですね。イチ個人として発言するよりも、多人数で伝達した方が社会の関心が高まりやすい。また多人数で行進することが報道されれば、より大きな関心を集めることも期待できます」(一橋大学大学院・法学研究科・阪口正二郎教授)

なるほど。そもそもいつごろからある?

「日本でも古くからあったようですが、戦前はかなり厳しく規制されていました。デモ行進が“表現の自由”として保障されるようになったのは、日本国憲法ができてからです。またそれと同時に、デモ行進を取り締まるための“公安条例”も生まれました。条例なので各自治体で作っているのですが、東京都公安条例が全国のほとんどのモデルになっています」(同)

そして現在、デモ行進を行うためには、この「公安条例」と「道路交通法」のふたつを守ることが義務づけられるという。違反した場合は、しかるべき刑罰が科されることもある…とここまではわかった。では実際、デモとはどんなものだろう? 試しに参加してみた。

とある週末の正午過ぎ。集合場所は、駅にほど近い公園。約200人が集まり、訴えを呼びかける集会が30分ほど行われ、デモ行進がスタート。メッセージを繰り返しシュプレヒコールしつつ、決められたルートを1時間ほど歩く。200人が叫ぶので、周囲の人も“何事?”と立ち止まる。多くの通行人の目線をヒシヒシと感じ、その効果は大きいように思えた。ちなみにこのデモは後に新聞でも紹介された。

社会的な問題は、まず“知ってもらうこと”から始まるのだ

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まず、阪口教授の発言の単純さに驚いた。教授いわく「デモとは“デモンストレーション”」のこと。そんなこと言うまでもない!それに続く発言もまんざらウソではない。しかし、これだけではないというのが私の考えだ。

この論法は石破防衛大臣もよく使う。前提は誰もが納得することを言いながら、適当なところで論点をずらし、結論は自分に都合のいい方向に導く。

ここで書かれていないのは、「デモ」は誰に向かって表現しているのか?誰に対峙しているのかということ。社会の関心を向けるとはどういうことか?もちろん人々の共感を得るためでもある。共感を持った人間同士、次の行動に進む。そうやって人々を巻き込むことによって「場」が「現場」に転化する。「現場」は日常とは違う時間の流れ方をする。なぜなら、「現場」はエネルギーが流れているから。「現場」を人々が共有したときから政治が変わり始めるのだ。つまり、「デモ」は政治を変えるためのとっかかり。

「デモ」が政治を変える「とっかかり」とするなら、話を最初に戻して、では対峙しているものは何か?

言うまでもない。「国家権力」だ。デモ行進は多くの人に意見を伝えているのではなく、「権力」に向かって抗議をしているのだ(あくまでも私の意見だが…)。だからこそ権力は「デモ」を表現の自由としてその権利を保障しながら、「公安条例」・「道交法」という規制をかけてくるのだ。
権力が恐れているのは、多くの人が集まり政権をゆるがすほどのエネルギーが生まれること。ミャンマー政権のデモ参加者に対する抑圧を見てもわかるだろう。

社会的な問題は知ってもらうことから始まる?ウソでしょ。社会的な問題は個人的な問題でもあるのだから、まずはそれぞれが立っている場所をよく見つめることだと私は思う。

デモを遠巻きにして見ている「観客」でいる限り、社会は何も変わらない。

隣の人と手をつなぎ、道路いっぱいに広がって歩く「フランスデモ」の開放感は忘れがたい思い出だ。また道路をクネクネとジグザグに走る「ジクザクデモ」もエネルギーを感じる。
「デモ」は私たちの大切な権利であることを忘れてはならない。

そして、「デモ」は「デモンストレーション」であり、決して「パレード」ではないことを書いておく。「パレード」は権力との対峙もなければ、現場のエネルギーも生まれない。また、国家権力の暴力により亡くなっている世界中の人々と、その悲しみを共有することもない。
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by reem-akemi | 2007-12-16 21:43 | 政治・経済・国際情勢