毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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NHK報道の異常さについて

はっきりいって、NHKは偏っている。国営放送局だからといってここまで偏っていいのだろうか。

朝から豚インフルエンザの報道に終始しているのにはウンザリ。これといって重要なこともないから子どもニュースのような解説をしているのもいただけない。あれでは記者さんが気の毒だ。おそらくあらかじめ時間をとってあり、その時間内で報道せよと上からのお達しなのだろう。

豚インフルエンザは「脅威」をあおっているとしか思えない。これまでもNHKは北朝鮮の人工衛星(ミサイル?)でさんざん「脅威」をあおり、それが終わったらクサナギ君の「脅威」(笑)。国策にそって報道することの愚かさをいい加減に気づいてくれないだろうか。

クサナギ君報道も異常だった。警察も異常だったけど報道側も異常。酒の上の不始末なんてどこにでもある話で、近所からの連絡がなかったら、あるいはクサナギ君が有名でなかったら、あんな騒ぎにはならないはず。裸になって何が悪いと言ったらしいけれど、その通り。真夜中に裸で歩いて起訴されたらたまったものではない。本来なら「注意」で済む話ではないか。

こういうときは、国会で何かが決まっているのだ。私たちの運命を決める何か重要な法律が知らない間に通っているに違いない。
本年度の追加補正予算で止まっていた高速道路計画が10年ぶりに復活した。自民党の道路族が力を盛り返してきたのだろうか。選挙を前に怪しい雰囲気だ。

「脅威」をあおり、国民を不安に陥れるのはファシズムの常套手段。メディアリテラシーの力を養うには地道な努力しかないかもしれない。本の世界に戻っていくのが一番賢いかも。
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by reem-akemi | 2009-04-28 09:20 | 政治・経済・国際情勢

ハードボイルドな女

桐野夏生作品にはまっていることはどこかで書いたと思う。最初に読んだのは「グロテスク」、それから「OUT」、「柔らかな頬」、「顔に降りかかる雨」、「女神記」、今日「魂萌え」を読み終えた。

爽快な気分で読み終えることが出来るのが桐野作品の魅力。「風と共に去りぬ」の映画のラストシーンによく似た感覚だ。ヒロイン(そう言っていいのかどうかわからないが)が凛として運命に立ち向かっていく姿に共感する。したたかで強く、とても魅力的だ。

で、「OUT」が映画化されていると知り、サイトで検索してがっかりした。なんでこんなに変えてしまうのだろう。私が作者なら怒るね!人間の不思議さ、面白さが削りとられ、主婦4人が殺人事件にからんだ単純なコメディに変わっている。「OUT」に出てくる人間はすべてが底辺で生きていて、しかもどの人間も孤独だ。それぞれが自分の孤独をみつめながら生きている。それを削ったら桐野作品の魅力は何にもないじゃん。

しかも、なんたって、この話は主人公の雅子のクールさと佐竹の異常さの根っこが実は同じだというところが面白いのに。。。そういう複雑な点は省いているようだ。私などこの作品はアラテの恋愛劇だと思ったくらいだ。佐竹が間寛平というのも気に入らない。もっと良い男じゃなくっちゃ!なぶり殺しにした女の思い出を抱いて生きている男はそんじょそこらにいない。正直、私はその描写にぞっとした。そして、ぞっとしつつ生命の根幹をゆさぶられるような感覚を覚えた。Sexの根幹というべきか。。。

雅子と佐竹が戦う場面は壮絶だ。結局、雅子がひそかに持っていた手術用メスで佐竹の顔を切り、殺すのだが、日本の小説で(映画でもいい)、女がこれほどタフになったのは最近のこと。私は自分が弱虫だからこういうハードな女性にあこがれる。人と血みどろで争うなんて、自分には到底出来ないだろうと思う。しかも最後は佐竹から奪った金を持って外国へ逃げる。なんてカッコいんだろう(^^)v

映画の脚本は男が書いているから話を変えたのかもしれない。だって、ハードボイルドな女は男たちの好みじゃないだろうから。
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by reem-akemi | 2009-04-20 19:06 | 日記

「Taxi to the Dark Side」

「Taxi to the Dark Side」を見る。2002年12月1日、アフガンのタクシー運転手ディラウォルがテロ容疑者としてバグラム空軍基地に拘束され、数日後に殺された事件をベースにアメリカ軍の拷問問題を追及したドキュメンタリーだ。2007年度のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞している。この映画、アムネスティが日本での上映を推奨している。

2002年12月、私はテロ特措法違憲訴訟の原告としてアフガンの戦争被害者を探すべくカンダハールへ行った。その頃カンダハール近辺に米軍の姿はなく、戦争被害は10年前のソ連軍の残していったものばかりが目に付いた。壊れた橋も聞いてみると10年前にソ連にやられたものだったし、一歩道路を越えるとそこにはソ連が残していった地雷原がどこまでも広がっていた。つまり、南部はタリバンの勢力が強く、したがってアメリカの影響力はほとんどなかったのだ。イラクでシーア派を味方にして侵攻したように、アフガンでも北部同盟を味方にして侵攻していったアメリカは表面上は北部同盟の勝利という形で戦争を終結させた。その結果、この映画のように多くのパシュトゥン人がアルカイダあるいはタリバンとしてテロ容疑者の汚名を着せられ収容されることになった。アメリカはテロ容疑者をつかまえるために多額の賞金をかけ、人々の心を狂わせた。米軍が逮捕したテロ容疑者は全体の7%で、残り93%は北部同盟、パキスタン軍が拘束したものたちだという。そしてその多くが一般市民だ。

「対テロ戦争」は金を儲けるための戦争だから、すべて金が支配する。正義という言葉のなんと虚しいことか。。。ハリウッド映画のような9・11映像から始まった「対テロ戦争」は、人々の恐怖をあおり(ファシズムの典型的な手法)、愛国心を掻き立て、敵となる悪人を仕立て上げる。筋書きどおりの話なのに誰もそれに異議をとなえないのはなぜ?こんなバカなことはいい加減にやめたほうがいい。今どきの戦争は何から何まで(基地つくりから傭兵、兵士の訓練、クリーニングから掃除、食事まで)戦争ビジネスが支配している。兵士は金儲けのスケープゴート。チェイニー、ラムズフェルドたちの良いカモだ。おとなしく生け贄になることなんてないのに。

それにしても私がアフガンにいた頃、北部の米軍基地でこんな拷問事件が起きていたとは。。。映画を観ながら自分の無知を恥じた。あのときカンダハールのある南部ではなく北部に行くべきだった。そうしたらアメリカの戦争犯罪がかいま見えたかもしれなかったのに。そこに気がつかなかったのは私の勉強不足。本当に悔しい。
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by reem-akemi | 2009-04-13 23:51 | 政治・経済・国際情勢

語学留学

5月からエジプトへ語学留学をすることにした。とりあえず期間は1ヶ月。しかし飛行機は2ヶ月の余裕をとった。4週間の授業を終えたら、その後アンマンへ移動。そこから陸路でパレスチナへ行こうと考えている。そして再びカイロに戻り7月には帰国する予定。

学校をどこにするか?アラビア語を教えてくれているウスターズ・ファトフィにカイロでアラビア語を学びたいから良い学校を紹介してくれと頼んだ。そこで紹介してくれたのがAl-Diwan。彼はカイロでNo1だといい住所と電話番号を書いたメモを私にくれた。自分でここに電話をしていろいろ訪ねたほうがいいだろうというのが彼の説明。国際電話は高くつくのでネットで検索(ネットがあって良かった003.gif)。1ヶ月から授業をしてくれるとのことで私の要望と合致する。なんせ夏のカイロはお手上げだし、気候のよくなった頃また行けばいいのだから。

さっそく登録をしたら100ドルのデポジットを要求される。エジプトポンドにして約500。振込みはウェスタンユニオンを通してというが、ウェスタンユニオンはスルガ銀行がかつて代理店を行なっていたのだが1月末にそれを取りやめた。日本にはウエスタンユニオンがないからペイパルでもいいかとメールしたが、なしのつぶて。仕方がないので久しぶりにイラク人の友人スレイマンにメールをする。2006年にカイロで会ってからまったく連絡をしていなかったので本当に久しぶりだった。ずうずうしくもデポジットを私の代わりに払ってきてと頼んだら、明日にも行ってくると言ってきた。彼が100ドル持っているか不安になったが(だって彼は難民なのだから・・・)、100ドルの返済はカイロに来てからでいいとのこと。その代わり、日本の磁気ネックレスが欲しいという。なんでも彼の友人が日本の磁気ネックレスを持っていてそれが非常に健康にいいのだとか・・・。そんなもの信用してないけど、あなたが欲しいなら買いましょうとメールしたけど、いまいち不満。

日本製品に対する信用は最高だ。だけどこの頃は日本製といっても中国の工場で作るからどうかな・・・。中国は日本の技術を盗み、まったく同じものをつくって世界に売っている。日本製品に憧れている彼らに日本製品のほとんどが中国でつくられていると言ったらどんな顔をするだろう。中国なしでは日本経済が成り立たないと知ったら・・・。

あは。磁気ネックレスから話が飛んでしまったが、要は私が「商品」に対して信用を抱いてないということ。グロバリズムが市場を覆ってから本当に信用できなくなったし、世界がつまらなくなった。そんな気がする。近所で食べられるケンタッキーフライドチキンだけど、万里の長城にもあるし、スフィンクスの前にもある。これって最高につまらない。とはいえ、現地の味に飽きたときは懐かしくて食べてしまうから恐ろしい。あぁ、、、私はグロバリズムに嗜好からして侵されている。
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by reem-akemi | 2009-04-10 09:32 | 日記

ガザの占領を考える

市民の意見(113号)に掲載した小論です。
           
・ナクバ(大災厄)
 ガザの問題を考える前に私たちはイスラエル建国の歴史をたどる必要があるだろう。1948年2月イスラエル建国を前にしてユダヤ人指導者はパレスチナ人の追放を計画、手始めに地中海沿岸の5つの村を排除した。イギリスは治安維持の責任があったにも関わらず、パレスチナ人たちがトラックに乗せられて国境の外に追放されるのを黙認した。その後、彼らは全体を12の地域に分割して軍隊を配備、各地域の町や村のリストを持たせ効率よくパレスチナ人を排除していった。こうしてイスラエル建国の前にすでに35万人のパレスチナ人が故郷から追放された。そして、残りの人びとを追放するために彼らは戦争を利用した。すなわち戦争はパレスチナ人を民族浄化するための手段だった。
 建国後、500の村と11の町が破壊され、100万人のパレスチナ人が難民となった。追放を拒絶したパレスチナ人に対しては虐殺、レイプ、略奪、投獄が行なわれ、投獄ののち強制労働収容所へ送りこまれた。かつてナチスによって行なわれた異民族の排除をユダヤ人指導者は国際社会の見ている前で平然と行なった。そして誰もがそれを見つつも沈黙していた。何が起こっているのかを報告したものはプロパガンダとして扱われ、反ユダヤのレッテルを貼られた。ホロコーストはイスラエルの罪を隠蔽する大きな役割を果たしたのだろうか。1948年はパレスチナにとってはナクバであるが、イスラエルにとってはイスラエル帝国建設の第一歩だ。「帝国」は領土を拡大することを国是としている。

 
・生存不可能な場所―ガザ
 パレスチナを追われた人びとの一部は当時エジプト領であるガザにたどりついた。ガザは種子島ほどの土地に150万人が住み、人口密度は世界一といわれ、ジャバルヤ難民キャンプだけで1平方キロあたり7万4千人(東京都区内の人口密度は1万3千人)が住んでいる。出生率も高く、一人の女性から5~6人の子どもが生まれる。したがって毎年人口が3~5%増加する。人口の50%は15歳以下の子どもたちだ。また、08年の国連の食糧支援は18万2400家族に及び、80%の住民が国連の援助なしでは生活出来ない。ガザは住民が生存不可能な地域の初めてのケースといわれている。

 だがこの絶望的な貧困はイスラエルの占領政策と大きな関係がある。05年6月、ガザで唯一の発電所がイスラエルの攻撃により破壊された。この発電所はガザ地区の45%の電力を担っていた。この攻撃は生活そのものを破壊する要因となったので、イスラエルの人権擁護団体ベツセレムはこれを国際法違反だとして告発している。同じ年、イスラエル・シャロン首相によるガザの「一方的撤退」が行なわれ、国際社会は非常に評価したが、さらなる貧困に人びとを追いやった。ガザ北部にイスラエルが67年の占領開始後すぐにつくった工業団地がある。そこで大量のパレスチナ人労働者を低賃金で雇い入れ、経済的にガザ地区をコントロールしてきたが、05年のガザ撤退と同時に同工業団地を放棄、大量の失業者をだした。その上で、国境を封鎖して物流を止めた。しかも国際社会はガザからイスラエルが撤退したのだからパレスチナ国家の建設はパレスチナ自身の責任であるとした。が、シャロンが中心となって策定した「ガザ撤退案」(Disengagement Plan)では、制空権・制海権はイスラエルが掌握し、国境はイスラエルの管轄となっている。しかもガザの人びとが支払う税金はパレスチナ当局が徴収しイスラエルに渡る。これが「自治」だろうか。

 08年11月4日、イスラエルはハマスとの停戦協定を破り、これまでにないほどの攻撃をしかけてきた。翌 11月5日から、イスラエルはガザ地区に入るすべての検問所を封鎖し、食糧・医療品・燃料・調理ガス・水道および衛生設備の部品などなどの供給を大幅にカットした。すべて、あらかじめ計画されたものとしか言いようがない。同年12月27日、陸・海・空からの総攻撃で、23の病院、60の学校が破壊され、4000家族が散り散りになり、被害は21億ドルといわれている。米ハーバード大学中東研究所のサラ・ロイ氏は「ハマスを叩くことが攻撃の目的ではない。パレスチナの抵抗精神への攻撃だ」とし、「占領を終えることがもっとも重要。もしこのまま占領を続けるならさらなる暴力に向かうだろう」と言う。


・西岸では土地の細分化が進む
 一方、ファタハが実権を握る西岸地区に目を転じると、パレスチナ人の土地は細分化され、国家としての経済活動を維持できないほど切れ切れにされてしまった。ユダヤ人の入植地はオスロ合意後さらに増え続け、通りの名前もユダヤ風に改められ、パレスチナ人が存在していたことさえ消し去ろうとしている。
 前述のガザ撤退案では、「①西岸に高さ9メートル、長さ620キロメートルの壁を建設。②40万人のユダヤ人入植者のために400キロの高速道路を建設。③東エルサレムを孤立させ、西岸地区とガザ地区を分離」とあり、①の壁の建設により隔離されたパレスチナ人は12%から54%に増える。
 つまりガザ撤退案は西岸地区とエルサレムをイスラエルに統合し、ガザを監獄にするための足がかりだったのだ。1933年のオスロ合意以降、イスラエルはもちろんアッバス議長(ファタハ)も「占領」という言葉を使わない。「自治政府」になったからというのが理由だが、イスラエルの「管理」はより強化され、実態は「自治」からかけ離れたものになっている。

 イスラエルが自らの野望のためにパレスチナの人びとに強いる植民地政策と民族浄化に私たちは加担してはならない。前述のサラ・ロイ氏は、パレスチナにおけるイスラエルの「管理」が明らかになる方向での国際援助が必要だと言う。日本政府はすでにガザ復興支援で2億ドル(195億円)の拠出を表明しているが、その援助のあり方が問われている。
 
参考文献
・イラン・パベ 「イラン・パペ、パレスチナを語る」
・小田切拓 「和平プロセスが、平和を遠ざける」(世界 2008.10.)
・Sara Roy氏のサイト http://www.lrb.co.uk/v31/n01/roy_01_.html
 
 
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by reem-akemi | 2009-04-07 16:28 | 小論