毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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期日前投票に行く

明日は衆議院選挙の投票日。一日早く区役所へ行き、期日前投票を済ませた。いつもはガラガラの役所の駐車場が今日は満員だったemoticon-0104-surprised.gif。中に入ると、投票する人々の行列がロビーいっぱいに広がり、わぁわぁという声にあふれていた。こんなに大勢の人が来ると想定していなかったのだろう。行列は変な角度で曲がり、最後がよくわからないような状態だった。こんなとき遊園地では、係りのものが看板を掲げて立っているものだが、腕章をした女性職員が立っているだけで、これといった指示もなかった(笑)。

何はともあれ最後尾にならび、順番を待っていた。ここ横浜は他の地区と違って、今回は市長選も加わり、投票が複雑になっていた。最初は市長選、それが終わると市議の補選、そして小選挙区、最後に比例と最高裁判所裁判官の審査。

私は今回、他の選挙はどうでも、最高裁の審査だけはしなくてはならないと思っていた。今全国で「竹内バッテン運動」が広がっている。すなわち「竹内行夫」裁判官の罷免要求だ。この男の上に幾重にもバッテンをつけたかったが、下手にそんなことをして無効になっても困るのでバッテンをひとつにしたが、残念でたまらない。イラク戦争を支持し、03年に自己責任という言葉でイラクへ行った人間を抹殺した行為は許されないと思っている。多くの人がバッテンをつけてくれることを望んでやまない。

話は変わるが、日本は無宗教だと云われながら、実際のところ多くの宗教団体が政党あるいは政治に多くの影響力を与えているように思われる。宗教は個人的な問題だと思うが、これら政治に関わろうとする宗教団体は絶対的な力を手中に収めたいのだろう、権力にすりよる。信者から収奪する寄付もバカにならない。資金力はとんでもなく大きい。韓国でも統一教会がついに政治の舞台に出てきたらしい。日本でも今回の選挙にO・R氏の宗教団体が飛び出てきた。彼らは金太郎飴のごとく全国どこでも同じことを言っている。

ところで、本日のテレビ朝日の報道がこの組織の選挙活動を妙にたくさん扱っていた。私はとても違和感を感じた。朝日新聞はこの組織から多額の金をもらったのだろうか????もちろんNHKの場合は自民党の報道が他の政党にくらべて時間数で圧倒している印象を受けた。。。

政教分離は憲法の柱だ。与党に組している公明党も原則的にはおかしいと私は思っている。宗教は、上からの命令を絶対とする傾向があり、人々の理性的判断を失わせるから、絶対に政治の世界に関わるべきではない。その害悪はイラクのシーア派の政治形態を見ればよくわかるだろう。

そもそも宗教法人に税金がかからないのがおかしい。その資金を使って国家権力を動かすようになったら民主主義も終わりだ。
政治にすりよる宗教者は昔からいかがわしい人物が多かったことは歴史が証明している。だから、いかがわしいものを判断する目が必要だろう。。。
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by reem-akemi | 2009-08-29 23:44 | 日記

焼身自殺だなんて

名古屋の中学三年生の男の子が自らの体に灯油をかけて焼身自殺をした。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090824-00000041-jij-soci

この子はアトピーが原因でいじめられていたらしい。私の娘もアトピーなので他人ごとに思えなかった。
娘の場合、幼いときから自分の汗の刺激で背中、わきの下、ひざの裏、うでなどにアトピーが出て、大きくなるにつれ、皮膚が黒く変色してしまった。私はその肌をみるたびに心を痛めていた。代わってあげたくても代わることが出来ないこともつらかったし、母親としていくばくかの責任も感じていた。そして、中学時代、やはりこの子と同じようにいじめられていた。

だから、この事件を知って涙が出てきた。。。つらかったんだろうなぁ。。。苦しかったんだろうなぁ。。。かわいそうに。。。この男の子の気持ちを考えただけで胸が痛くてたまらなくなる。

14歳の男の子が深夜とぼとぼと死に場所を探して歩く姿を想像しただけで涙が出てくる。。あまりにも悲しすぎる。。。いやだ、本当にいやだ。。。子どもが自殺しなけれはならないなんて、、、それだけで間違っている。
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by reem-akemi | 2009-08-24 22:16 | 日記

三鷹の「慰安婦」展

8月1、2、3日の三日間、三鷹で「慰安婦」パネル展示とさまざまなゲストによるトークイベントが開催された。開催される前から、イベントそのものが右翼(!)の攻撃にさらされているとの情報が次から次と入ってきて、気にはなりつつも、土曜日、日曜日と参加できず、やっと月曜日に三鷹まで足を運んだ。

駅から7~8分ほど離れた会場の前の駐車場は「右翼」と称される人たちが拡声器でなにやら言っているようだった。メールに流れた情報では「罵詈雑言」を言い放っていると書いてあったが、それほどひどくなく、推測するに連日の出勤に疲労が出たのだろう。。。声もだいぶ弱っていると感じられた。私は彼らの抗議(?)の声を聞きながら、会場前にずらっと並んだ警官の隙間から門にいる人たちに声をかけた。
「すみません、入り口はどこですか?」
会場の門には警備員とスタッフらしき男性がこれまたズラッとならび、それぞれが「静かにしてください」と書かれた紙を持っていた。
「顔見知りは中にいますか?」
「そうですね、○○ちゃんかしら…」
「わかりました」
彼が「入場者だ」と後ろの人に伝えると、ガラスのドアを開けて警備員の人が出てきた。

知り合いがいないと会場に入れないとは。。。2日は入場者にまぎれて右翼の人たちも乱入しようとしたらしい。それでこんな強固な警備になったのだろう。

パネルはフィリピンの慰安婦の人たちが書いた絵などが飾られていた。また各地の慰安婦たちのビデオ証言なども上映していたが、集まっているのは緊急事態に参加したと思われる人たちばかりだった。本来観てほしかった地元の人たちの姿はなさそうだった。でも、それも仕方ないかなと思う。会場をとりまく雰囲気があまりにも異常だからだ。

参加したある人は、帰りぎわに「気持ちよかったか?」と聞かれたそうだ。卑猥な言葉を投げられ続けた人もいるらしい。

平和団体のMLでは彼らを一様に「右翼」と書いているが、「右翼」とひとからげにまとめてしまうのはどうだろうか?何か違うような気がしてならない。では、国家主義者か?それも違うような気がする。人の心の中にある「レイシズム」をあおりたて、不満を発散させるのが目的のような気がする。「慰安婦」がなぜ「慰安婦」になったのかなどということはどうでもいいことで、要は「売春婦」だろうと云いたいに違いない。

それにしても、経済的状況が悪くなればなるほど、人の心の隙間をついてくる輩が多くなる。怖いことだ。それほど人の心がすさんできているということなのだろう。
「レイシズム」をあおって、ユダヤ人を壁に囲い込んだ歴史は「過去」のことではなさそうだ。。。警官という壁に囲まれた「慰安婦」展に、再び同じことが起きているような予感がする。
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by reem-akemi | 2009-08-09 23:40 | 政治・経済・国際情勢

植民地政策の常套手段

イラク関係のサイトを読んでいたらこんな記事にぶつかった。

http://www.rferl.org/content/Iraqi_Government_Submits_Bill_Allowing_Foreign_Ownership_Of_Land/1793418.html

Iraqi Government Submits Bill Allowing Foreign Ownership Of Land

August 05, 2009

BAGHDAD -- Iraq's National Investment Commission and the Planning Ministry
have submitted a bill to parliament allowing foreign land ownership for the
first time, RFE/RL's Radio Free Iraq reports.

Sami al-Araji, the commission's chairman, announced the proposal on August 4
at a business conference in Baghdad.

He noted that "the infrastructure reconstruction bill" invites foreign
investors to bid for the construction of 500,000 housing units and
ameliorate 1.5 million hectares of land.

He explained that 1.5 million hectares is twice the area of land presently
available for agriculture.

He also noted that the proposal would lead to the use of modern irrigation
techniques ensuring considerable savings for Iraq's scarce water resources.

The projects included in the plan are to be completed within three years.

Araji said that the planned projects would create thousands of jobs for
Iraqis by requiring a certain percentage of those employed to be Iraqis.

He also claimed the world economic crisis could work to Iraq's advantage as
it is a country uniquely open for business because the country is rebuilding
and is seeking investment in virtually all sectors of the economy

イラク政府は8月4日、外国人の土地所有を認めることにしたそうだ。しかも150万ヘクタールという大きさで、50万世帯が住めるという。日本で50万世帯というとどこの街にあたるだろう。政府はこれにより「雇用」が生まれると云っているが、土地を切り売りしていいのだろうか。私は疑問だ。

この広大な土地は誰が手にいれるのか?イスラエル?アメリカ企業?近代的な灌漑方法と書かれているところをみると、チグリスかユーフラテスが流れている場所に違いない。農地を他国あるいはグロバリ企業に売り渡していいのか?

もしかしたら、その土地は今は難民となって外国を放浪している人間たちのものかもしれない。いつか帰還して農業をしようと離れた人間のものかもしれない。
彼らは一生、自分たちの土地に戻ることは出来なくなるのだ。

パレスチナの民が、ナクバのときに土地を追われたように、今再びイラクの農民たちが自分たちの政府によって土地を奪われようとしている。。。

目先の利益しか考えていないイラク政府の人間たちは、先進国(占領している国々)の植民地政策に自ら加担している。本当に情けない。亡命者たちめ!!!!(今のイラク政府の人間たちはサダム政権時、亡命者として国外に逃れていた)

イラク人たちよ、しっかりしなさい!国を追われたことを嘆いている場合じゃないでしょ。嘆くときはもう終わった。自分たちの奪われた権利を取り戻すために闘うべきだ。
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by reem-akemi | 2009-08-08 17:15 | iraq

倚りかからず

また長いことブログを休んでしまった。このところ精神的に不安定だったことを正直に書こう。思いっきり泣きたいのに泣けず、涙がのどのところにいつもたまっている。苦しくて、悲しくて、息がつまりそうで、心療内科に行こうかと思っているくらいだ。

何がこんなに苦しいのか、ずっと考えている。パートナーには悪いがこの家にいると息がつまってくる。いやだいやだと心の中でいつも思っている。最初はそうでもなかったが、姑が家から一歩も出なくなってからこの家がイヤになってきた。誤解されると困るが、姑がいやだと云っているのではない。

「朝から何も食べてない」と云われたとき、思わずゾッとした。つまり、食事の世話をするのは「主婦」の役割だと言われたのと同じだ。私が食事の支度をしなければ何も食べずにいる。長いこと「主婦」をしてきた人が年を取ったら今度は「嫁」に依存して生きる。家の中にはお米もあるし、野菜もある、卵も十分ある。何かを作ろうと思えば出来ないこともないのに、それをしないのはなぜなのだろう。

80歳にもなろうかという恩師が一人で暮らしている。私は彼のことがいつも気がかりだ。何かあったとき、いつでも駆けつけたいと思う。その恩師の話をしたとき、「私は家族と一緒だから良かった」と姑が言った。家族と一緒の生活は確かに安心ではあるだろうが、生活のすべてを自分の意思で行なうことはとても大切だと私は思う。何を食べようかとか、冷蔵庫には何があっただろうかとか、掃除をしなければとか、その場その場の判断をすることは脳jの活動に大きな意味を持つに違いない。一日中テレビを観ながら、うつらうつらと過ごすと頭がぼっ~としてきはしないのか?内心、私は心配している。彼女は、私が「食事ですよ」というまでそのままだ。健康で、食欲は私が来てからますます増加してきているのにもかかわらず。。。

家父長制の中で、「嫁」の役割を素直に受ける人間だったら、単なる苦労話ですむかもしれない。そんなこと、世間では普通のことよと云われるだろう。
女は「嫁」から「姑」になって自分の身の回りのことまで放棄するのか?情けなくはないか?

正直にいうけれど、「主婦」の役割、「嫁」の役割は私には重荷だ。反吐が出るほどいやな言葉!だから、私は彼女・彼ら(夫と義理の息子)には悪いが役割を返上させてもらうことにした。

私自身は倚りかからずに生きたいと思う。息を引き取るその最後の瞬間まで自分の足で立っていたい。母のように認知症になったら仕方がないとあきらめるけど、倚りかからず生きていきたい。
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by reem-akemi | 2009-08-07 09:29 | 日記