毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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イラクー私の(勝手な)分析

2005年09月25日

21日に成田を出発、アムステルダムを経て、22日よりアンマンに滞在する。

先日来行われているシリア国境タルアファルの攻撃が一段落したと思ったら、戦火は拡大の方向で、アンマンにはたくさんのイラク人が逃れてきた。ところが、アカバでの爆発事件の首謀者にイラク人がいたことからヨルダン政府はイラク人の滞在を心よく思わず、彼らの多くはエジプトへ移動している。

昨日は一日中イラクでのすさまじい殺戮写真を見るはめになった。数ヶ月前からあちこちで行われている拷問による殺人。遺体は道路に置き去りにされているらしい。私が見たのは(これで2枚目だが)、スンニ派聖職者協会の聖職者の遺体写真。
頭と体中にドリルであけた穴があり、首から下腹部にかけて縦に切られ、ジグザグにヒモで縫われている。4月には内臓をとられ代わりに石がつめてあった遺体も発見されている。
同じようにドリルであけられた体に目をくりぬかれた遺体。
書いていても吐き気がしてくる。

あまりの死の多さに感覚がマヒしてくるのだろう。
子どもが通りに転がっている生首(それも恐ろしい話だ)に花をかざって遊んでいるという。

見せられる遺体のひとつひとつにそれぞれ人生があると思うとつらくて、とてもやりきれなかった。
しかし、そのうち、とても無機質な感じがしてきた。
私自身もマヒしてきたのかもしれない。

多くの「死」は思考を停止させる。

もうひとつ目くらましだと思われることにイランの影がある。イラク人は口を開くと「イラン」が政権におよぼす影響について語る。実際にイラン企業がさまざまな形でイラクに入っているのは確かだろう。拘置所で出たミネラルウォーターはイラン製だったらしい。市場に出回っている食料もどうやらイラン製のようだ。

現在国連に提出されているイラク憲法草案は、数さえあれば自治区として独立することを保証している。自治区では独自の憲法、独自の言語、独自の軍隊が許される。南部でイラン系シーア派の人間がイラン自治区をつくろうと思えば可能になるのだ。
憲法前文は「二つの川に挟まれたところに住む私たちは」という言葉で始まるらしい。これは修正前は「イラク人たる私たちは」だった。「イラク」の言葉を削除したのだ。

しかし、これをもってイランの侵略と考えるのは問題をより複雑にさせてしまわないだろうか。
人類が歩んできた過去の歴史的体験から、問題をもう少しシンプルに考える努力をしてみようと思った。
どの時代を取ってみても、歴史とは結局は為政者の権力闘争の結果にすぎない(と私は思う)。

そう考えるとものごとが見えてくる。

2003年4月、バグダッドの陥落後、それまでサダムによって外国に住まわざるを得なかったチャラビ、ジャファり、アルウィ、ハキムら現政権の為政者たちはアメリカにすりより(石油の利権を渡すなどの交渉をしたのだろう)、政権を手中におさめることに成功する。

次に彼らがしたことはイラクにいる指導者層の徹底的な排除。教授、部族の指導者など知識層の多くが米軍に拘束され今も刑務所に入ったままである。

彼らの多くはイラン人であったり、外国籍の者であったり、純粋のイラク人がいないことからイラクの民衆の反発を恐れ、自分の地位をゆるがせないための工作があらゆる形で始まる。
ザルカウィをテロリストに仕立て上げ、その掃討のために多くのアメリカ兵をイラク人殺しに駆り立てる。テロリストは民衆の中に隠れていると教えられた米兵はイラク民衆そのものを敵と思うようになる。
バカなブッシュとその取り巻きはイラクの石油ほしさに大量の米兵を戦地に送り込む。

2003年6月、おバカな自民党政治家たちがイラクに行き、アメリカの支援を約束する。

2003年8月、イラク政府軍・イラク警察が再建される。
2003年10月、国連・赤十字などが爆破されイラクから撤退する。
2003年12月、イラン人が大量にイラクに入ってくる。その中にはイラン・イラク戦争で捕虜になったイラク国籍の者、あるいは湾岸戦争時クェートで捕虜になりその後イランに送られたイラク国籍の人間たちもいる。その人間たちがイラク政府軍・イラク警察にいてもおかしくはない。

2004年、無能な為政者に業を煮やした民衆は政府への攻撃を強める。
民衆を沈静化させるためにますます米軍は泥沼に陥る。

2005年、選挙によりアラウィたちはそのまま政権に居残るが、米軍の撤退を見越してイランと手を組む。だが今回の憲法草案では大統領・首相は両親がイラク人であることが条件になったからアラウィの失脚は確実になった(アラウィは親がレバノン人)。残るはイラン系とクルド系の人間たちだ。

結局何が問題かというと、無能で強欲な人間たちが政権についているということ。
アメリカは戦後の再建を託す相手を間違えたのだ。
石油だけもらえば良かったのに、それ以上のリスクを負うことになった。そしておバカな日本も中東での信用を失った。

解決の方法は、現政権についている人間たちを辞めさせ、軍隊を撤退し、刑務所にいるイラクの指導者たちを解放し、イラク人にすべてをまかせること。

またまた私の勝手な推論でした。
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by reem-akemi | 2005-09-25 19:25 | iraq