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毎日思うこと、感じることを日々の時間(とき)の中で綴ります


by reem-akemi
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2005年10月07日

イラク憲法が承認されれば、イラクの内戦に向かうとスコット・リッターも批判をしている。

イランの影響を鋭く指摘していて、イラクの状況をよく理解している数少ない人間の一人という気がした。彼が提案する解決方法はイラクの友人が考えていることと同じであった(それが可能かどうかは別にして)。

以下、スコット・リッターのURL
http://www.commondreams.org/views05/1002-24.htm

大切な部分の概略を書きます。
(翻訳は私がしていますので読みにくい点はご了承ください)

彼は現政権の人間たちがどういう人間であるのかを述べています。

すなわち、イラクの大統領(ジャラル・タラバニ)は明らかに、親イラン派であり、イラン-イラク戦争においてはイラン側に組したということです。
イブラヒム・アル-ジャファリ(内閣総理大臣)は、ダーワ党のリーダーでありテロをその道具として使います。(ダーワ党は、イランに拠点を置き、イランの影響を強く受けています)。
最も強烈な影の立役者Abdelアジズ・アル-ハキムはイラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)の最高指導者であり、バドル・グループ(イランによって組織化されて、指導された悪名高い暴力集団)のリーダーでもあります。
このイスラム原理主義者たちはイラク民衆はもちろん、シーア派の意志を受け継ぐものではなく、むしろテヘランの指導者の意思を代表します。
憲法草案に権威を与えることはイラクの内戦化を確実にするでしょう。

サダム・フセイン陥落のために結んだ親イラン主義者たちとの取引は少数のスンニ派たちの権利を奪いました。スン二・トライアングルにおける破壊的な掃討作戦とバース党の排除は、この地域に急進的なレジスタンス運動を生みました。
さらにスンニ派はこの憲法が連邦制を提示しているため、彼らの石油資源のアクセスに不利益をこうむると考えています。

憲法の通過はスンニ派の状況を悪化し、さらなるテロを生むでしょう。

ここに実行可能な解決方法があります。

米軍と英軍はすみやかに撤退し、スンニ派の人々を再び政治の場へ登場させ、イランの影響を受けた指導者を排除し、イラクのクルドとシーアが手を結ぶことです。
それにはもちろんそれを誘導する手が必要ですが、それは言うまでもなくアメリカ・イギリスではありません。
ヨーロッパ連合、アラブ連盟、および国連がこれにおける役割を果たすことができます(もしアメリカ・英国がしようとしたらそれを排除する努力が必要)。
アメリカ・イギリスは、特にアメリカはイラクの問題に関わってくるのを拒むでしょう。それは占領に伴う多くの犠牲をともなった権利だというでしょう。
しかし、いまや、これ以上の犠牲を払う価値があるとは思えないので、恐らく他の国々がイラクの将来に関わるようになります。

この見解はイラクの友人が望んでいるイラク問題の唯一の解決法です。そして私もこの解決方法が一番いいと思います。
誰の目から見ても、現政権のイラン化はとても危険なことであり、多くの問題を招きます。
by reem-akemi | 2005-10-07 01:32 | iraq

イラク戦争は国際法違反

2005年10月06日
イラク戦争は国際法違反ドイツ連邦行政裁判所がイラク戦争に対して国際法違反の判決をくだした。
日本の裁判所が9条に関わる違憲訴訟をすべて退けているのに比べて何と素晴らしいこと!

どういう裁判であったかというと、イラク戦争を違法な戦争であるとして上官の命令に従うことを拒否した兵士を軍は軍規律に対する不服従の罪で起訴したのだが、これを裁判所は却下し、なおかつドイツ政府がイラク侵略に加担していると批判したのだ。

ドイツ憲法では良心的拒否が認められているが、報告をみると、それでもドイツ裁判所はこれまでその問題に関与することを日本の裁判所同様避けていたようだ。しかし、今回は明らかなイラク戦争の国際法違反という事実に対して向き合わざるを得なかったらしい。
#どこぞの首相(小泉何某)に聞かせたい!

以下、転送された文章を掲載する

連邦行政裁判所の判決文の中には、「国連憲章第4条第2項により、他国に対する重大な脅威、並びに軍事力の行使は侵略行為である」とし、これに対する例外は、「国連安保理の決議と自衛のため」の2つである。イラク戦争はこのいずれにも該当しないと、述べた。

 しかも、判決文には、1990年、米国自身が提案した安保理決議678号はイラクのクエートからの撤退を要求したもので、1991年の決議687号も撤退が完了したことを認めたものであったとし、さらにこの決議には、イラクが毒ガス、生物兵器を使用した場合、「重大な結果をもたらす」と書いてあった、という。さらに国際テロからも明確な距離をおくことを要求したのであった。イラクはこの決議を認めたと、書かれてあった。

 また判決文は1991年の安保理決議707号は、イラクに対する湾岸戦争の休戦が破られているとも、破棄されたとも書いていない、と言っている。それ以後のいかなる国連決議にもイラクに対する軍事作戦を容認するものでない、とも書かれている。

 次に米国と英国のイラク戦争の正当化に使われている2002年11月8日の安保理決議1441号であるが、判決には、国連兵器査察官ハンズ・ブリックスとモハメッド・エルバラダイに対して、イラクが協力を欠いた場合、国連に報告するように求めたものであり、それを受けて国連がどのような措置をとるかについては、オープンになっており、間違いなくこれは安保理にかかっていた、と述べている。国連憲章に基づいて、いかなる軍事行為を容認するものではなかった、そして、「重大な結果」とは一般的な警告であると解釈すると判決文は書いている。

 一方、判決文には、米国と英国がこの決議をどのように解釈するかについては関知するものでない、と述べている。

 判決文でとくに重要な点は、しばしばドイツの戦争協力が国際法違反である述べているところにある。ドイツ連邦議会の特別委員会が2003年1月2日に発表した報告書に、「国連決議はイラクにたいする軍事攻撃を合法化するものではない」とある点である。これをドイツ連邦政府の閣僚、とくにシュレーダー首相が読んでいないはずはない、さらに米国と英国が国連安保理に送った書簡には、自衛権を行使しなければならない理由がどこにも書いていない、と判決文にはあった。

小泉さんは自衛隊の派遣を国連の安保理決議によるものと云い、大量破壊兵器がみつからないと、今度はイラク人の要請によると云った。
表向きはイラクへの人道支援と言っているが実際は米軍支援であることはイラク人なら誰でも知っている。陸自によってクウェートから運ばれた米兵はファルージャなどで掃討作戦を行って多くのイラク人を殺している。

ドイツの戦争協力が国際法違反なら日本も同じように戦争に加担しているのだから「国際法違反」だ。

いい加減に人道支援などというウソにごまかされるのはやめてほしい。
私はアフガンへの「テロ特措法」の違憲訴訟を行ったが埼玉地裁の裁判長は法廷から哀れにも逃げていった。原告席にいた私にも一瞬何が起きたのかわからないほどの逃げ方だ。

その「テロ特措法」も、今回また閣議決定で延長された。大切な外交問題を閣議決定という10人にも満たない人間で決めてしまうことは間違っている。
そんなことはわかっていると云う人へ。間違っていることは間違っているのだ。誰が何といおうと。
by reem-akemi | 2005-10-06 00:45 | 政治・経済・国際情勢

イラク憲法の話

2005年10月04日

イラクの憲法が3回もの修正のあと、9月に入ってやっと国連に提出された。これがファイナルとのことで、NY Timesには9月15日に掲載されたらしい。

「らしい」というのは、それを見ようとしたらすでになかったから。アラビア語ではイラク全土に撒かれているが、私たちがサイトで見ることができるのは8月のAP通信が翻訳した一つ前のバージョンだ。

これが、まったく構成が違うようだ。「ようだ」というのは現物を見ていないから。。。
リバーベンドが彼女のブログで分析しているものと私たちがサイトで見るものがあまりに違うので、それに気がついた。

国連に提出したファイナルはどこを探しても見つからない。なぜ????

アムネスティが問題にしているのは44条。44条には国際条約の批准がそのまま移行する形であったはずが、それをいっさい無視してファイナルでは削除してしまった。

イラク人が問題にしているのはイスラム法と憲法との整合性だ。どちらが主になるのか?これは女性にとっては大きな問題。シャイーアのもとでは女性は男の判断に従わなければならず、時にはまったく不利益をこうむることになるから。

シーア派とクルドにとって都合の良い憲法になったのは一目瞭然。これはアル・ハキムとジャファリの陰謀としかいいようがない。
憲法によりクルドはモスル・キルクークを手中におさめ、石油の恩恵にあずかることとなる。
シーアも南部の独立という可能性をさぐるのか?(新しい憲法では、自治区は独立した言語、警察、法律を持つことが出来る)。

可哀そうなのは中部のスンニ派。ラマディには投票所がなく、投票するためにはファルージャへ行かなければならない。ところがファルージャはいまや瓦礫の街と化し、投票どころではない。スンニの権利はどうなるのだろう?
10月を前に再びラマディを中心とした中部への掃討作戦が始まりそうだ。

バグダッドから避難する人があとをたたず、そこへ隣国イランからペルシャ語しか話せない人たちがどんどん移住してきている。

イラクはどうなるのだろう・・・。

そうそうアメリカのお気に入り、アラウィも親がレバノン人だからもう用済みというわけ。
(ファイナル憲法では両親がイラク人でないと大統領にはなれない)
一体、誰が得をしているの?
by reem-akemi | 2005-10-04 02:12 | iraq

アムステルダム

2005年10月02日

昨日の9時過ぎに成田到着。

トランジットのためアムステルダムに寄る。少々時間があったので、大好きなゴッホ美術館に高遠さんと行く。
初めてのアムステルダム。いやはや寒いのに驚いた。11月初旬の気候だ。スキポール空港から電車でセントラル駅へ、そこからさらに路面電車で美術館へ。電車から見る街はまるでおもちゃの街のよう・・・。レンガ色の壁に三角屋根の家が横にずらっとならんでとても美しい。幾何学模様の街並みは決してキライではない。いや、野放図に広がった街並みよりずっと好きかも知れない。

スイスに行ったとき、フランス圏とドイツ圏では街並みが違うことに気がついた。フランスは自由奔放に家が建っている。道路も汚いような気がした。ところがドイツ文化のある地域に入ると、どこか整然として幾何学的な感じがした。

またまた私の思い込みを書いている。。。

アムステルダムは移民の町とか。いろいろな国の人が移り住んでいる。路面電車から見えるカフェがさまざまな国の店だと高遠さんが興味深げに語った。
彼女は人間に興味があるからどうしてもそういうところに目が行くのだろう。
もっとも私は彼女ほど目がよくないから(PCをしてから最悪)、流れる風景全体を見るしかない。

美しい風景を見ればみたで心はイラクに飛んでいる。こんな豊かで平和を享受している国がある一方で、なぜ、どうして毎日爆弾をあびなければならない国があるのだろう。

60年前、アンネ・フランクはこの街の片隅で息をひそめて生きていた。60年たって戦争の愚かさに気がついたヨーロッパの人々は二度と戦争を繰り返さないために結びついたのかもしれない。

それにしても、この違いに違和感を感じざるを得ない。たった5時間飛行機に乗っただけで、こんなにも遠いところへ来るなんて。。。

あぁ、やっぱり、どうにかしなきゃ。
by reem-akemi | 2005-10-02 02:00 | 日記